Pick Up Movie!……2025.3.21
『教皇選挙』★★★★
『獄舎Z』★★★
『ジェリーの災難』★★★
『光る川』★★★
(満点は★★★★★)

映画『侍タイムスリッパー』が、日本アカデミー賞の最優秀作品賞を受賞しました。
自主製作としては異例の快挙と話題になっていますが、ボクはこの映画の最大の魅力は脚本にあると思っています。
昨年8月のブログにも書きましたが、タイムスリスリップものにありがちな矛盾をほとんど感じることなく、物語に没頭できましたから。
これは音楽でいうところの、“圧倒的なメロディのよさ”に近いと思うんですよね。
設定が詞で、見せ方がアレンジだとすれば、インディーズの楽曲が、メジャーに混じって、ヒットチャートの1位になったのに似てますよね。
そこには、どちらも作品への情熱と思いがある。関係者の皆さん、大偉業、本当におめでとうございました!
さぁ、今週は4本です!

『教皇選挙』は、ローマ教皇選挙の内幕を描いた作品。

キリスト教の世界最大教派であるカトリック協会。
その最高指導者のローマ教皇が急死してしまいます。新たな教皇を決めるため、バチカンには世界中から枢機卿が集まるんですね。
コンクラーベと呼ばれる教皇選挙は、100人あまりの枢機卿による密室選挙。2/3以上の票を集めれば新教皇に選出されますが、満たない場合は、また翌日に再投票となるのです。
選挙を仕切るのは首席枢機卿のローレンス。
有力候補は4人。リベラル派のアメリカ人、ベリーニ。逆にリベラル派を嫌う強硬派のイタリア人、テデスコ。選出されれば初のアフリカ系となるナイジェリア人のアデイエミ。そして、ローレンスがある疑念を抱くカナダ人のトランブレ。
1日目では決着がつかず、選挙は2日目に。
しかし、そこから、各有力候補者の暴露合戦が始まったのです。
さらにローレンスは、ひとりの見知らぬ枢機卿の存在に驚きます。事前のリストには載っていなかった、メキシコ人のベニテスです。
実はベニテス、生前の前教皇が、秘密裏に任命した枢機卿だったのです…。

コンクラーベで新たな教皇が決まると、礼拝堂の煙突から白い煙が上がり、決まらないと黒い煙が上がります。世界中のカトリック信者は、それを見て一喜一憂するわけです。
この映画では、外に対してあまり明らかにされていない教皇選挙そのものを描く狙いもあったとは思いますが、さらに大きなテーマが隠されているんですね。
それが何かは劇場で確かめてみて下さい。
第97回アカデミー賞で8部門にノミネート。その中で、見事、脚色賞を受賞しています。
緻密なリサーチに加え、色彩の工夫、ストーリーの奥深さなど、確かに高い評価を得て然るべき作品だと思います。
細部まで目を凝らして欲しいからこそ、映画館の大きなスクリーンで是非!そのスケールの大きさを感じてみて下さい。★4つ。
『教皇選挙』公式サイト


『獄舎Z』は、モンゴルのゾンビ映画。

極寒のモンゴルを走る、
一台のバス。
目的地に着くと、降ろされてきたのは、赤い頭巾の若者たち。
ひとりひとりが頭巾を剥がれ、それぞれの罪状が読み上げられます。
窃盗、集団暴行、IT犯罪、人身売買など、犯罪に手を染めた男女4名ずつが送られてきたこの場所は、どうやら更正施設のよう。
しかし、ここには厳しい規則があり、脱獄を企てればもちろん、違反をするだけで、独房行きや激しい体罰が待っていたのです。
ところが、恐怖はそれだけではありませんでした。彼らを襲ってきたのは、なんとゾンビたち。
実はこの施設、軍が人間兵器を開発するための、人体実験の場だったのです…。

“モンゴル産のゾンビ映画”。
それだけで、ゾンビ映画のファンたちは色めき立つのでしょうね。
大相撲の世界では、モンゴルという国が大いに浸透していますが、正直、文化や国民性に関して、あまり知識がないのが実情です。
ストーリーや舞台設定には若干の“?”が付きますが、映像技術などは世界レベルにあります。
この『獄舎Z』を含む7本のモンゴル映画が、「第1回 日本モンゴル映画祭」として、新宿K'sシネマで一挙公開。今月22日(土)から28日(金)までの7日間です。
公式サイトから気になる作品を探して、是非、足を運んでみて下さい!★3つ。
『獄舎Z』公式サイト


『ジェリーの災難』は、事件の当事者が脚本・主演を務めた異例の作品。

1970年代、脚本と演技を学ぶために、アメリカに渡ったジェリー・シュー。
しかし、結婚し、子どもが出来ると、夢を断念。エンジニアとして働き、財を成すまでに至ります。
定年退職した今は、妻とも離婚。3人の息子とも離れて暮らしていました。
そんなジェリーの元に、1本の電話が入ります。
電話の主は中国警察。フロリダにあるジェリーの口座が、国際的なマネーロンダリングに使用されていて、ジェリーが第一容疑者になっていると言うのです。
さらに、もしスパイになって中国警察に協力すれば、起訴は免れると言うではありませんか。
逮捕は御免と慌てたジェリーは、言われるがままに行動します。その中に、大量の送金指示もあったのです…。

原題は『Starring Jerry As Himself』。そう、ジェリー本人が本人を演じ、家族も総出演しています。
69歳。小さなアメリカンドリームも手にし、これからは悠々自適に生きていこうと思った矢先にかかってきた1本の電話。これがジェリーの将来設計を粉々に打ち砕いていきます。
でも、実話でしょ?息子のひとりは、家を買うための頭金を頼れなくなって。映画に出てる場合?と思いましたが、災い転じてなんとやら。不幸が家族の結束を、より固いものにしたようです。
頭の片隅に湧く、妙な疑念は打ち消して観ることをお勧めしようかと思ったのですが、いや、それもまたこの映画の味付けのひとつ?
何とも不思議な感覚に陥ります。★3つ。
『ジェリーの災難』公式サイト


『光る川』は、ネイチャー・ファンタジー。

1958年の夏。
大きな河川の上流で暮らす少年ユウチャ。父は林業に携わっていましたが、森林伐採の影響か、台風による洪水被害の悪化に悩まされていたのです。
そんな時、紙芝居屋がやってきて、子どもたちにこの辺りに古くから伝わる昔ばなしを読み聞かせます。それは、里の娘・お葉と、山の木地屋の青年・朔との、叶わぬ恋の物語。お葉の哀しみが、年に一度、洪水を起こすというのです。
父が悩む現状と関係があるのではと感じたユウチャは、山へと入って行くのですが…。

金子雅和監督が、岐阜の長良川流域に伝わる民話にインスピレーションを受けて作った作品だそう。
全編CGは一切なしだそうで、木々の碧、水の清らかさに、日本にもまだこんなに自然の綺麗な場所が残っていたのかと、感動を覚えると思います。
人を愛する純な気持ちは、あるがままの自然の美しさに通じる部分がある。そんな感覚さえ、もう一度呼び覚ましてくれました。
都会で汚れてしまった心を、森林浴にも似た映像で洗い流してみてはいかがですか?★3つ。
『光る川』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.3.12
『逃走』★★★
『ドマーニ! 愛のことづて』★★★★★
『Flow』★★★★
『私たちは天国には行けないけど、愛することはできる』★★★
(満点は★★★★★)

『逃走』は、実話に基づくストーリー。

1974年、日本中を震撼させた爆破事件が起こります。死者8名、負傷者約380名を出した、東京・丸の内の、三菱重工ビル爆破事件です。
その後も連続して起きた同様の事件を主導したのは、新左翼過激派集団の東アジア反日武装戦線に属する3つのグループ、狼、大地の牙、さそりでした。
桐島聡は、さそりに属し、メンバーが次々と逮捕されていく中で、逃亡を決意。名前を内田洋に変え、神奈川県藤沢市の土木工事会社に、住み込みで働き始めます。
あれから49年。体の不調から病院に運ばれた桐島は、死期を悟り、担当医にこう告げるのです。
「私は桐島聡です」と…。

2024年1月、病院に担ぎ込まれた男性が、自分は桐島聡だと名乗り、最期は本名で死にたいと。その4日後に息を引き取った出来事。いまだ記憶に新しいところです。
日本中の交番などに掲示されていた、指名手配犯の桐島聡の写真。黒ぶちのメガネと長い髪が、今でも残像として、しっかりと残っています。
それだけに、昨年のニュースは衝撃でした。
この映画の監督は、自身も日本赤軍のメンバーだった足立正生。国際手配され、逮捕歴もある足立監督ゆえに、他の誰よりも桐島聡の心情や行動を理解できたのかもしれません。
49年に渡る逃亡の“なぜ?”を抱く人も多いはず。桐島聡に関するモヤモヤを晴らしてくれる可能性がある1本です。
娯楽作品ではありませんが、気になる方は是非。★3つ。
『逃走』公式サイト


『ドマーニ! 愛のことづて』は、イタリア映画。

1946年、戦後間もないイタリア。
デリアは、夫イヴァーノ、年頃の娘マルッチェラと二人の幼い息子、さらに寝たきりの義父オットリーノと、半地下の家に暮らしています。
戦争に出征していたイヴァーノは気が荒く、何かにつけてデリアに暴力を振るいます。
生活費はデリアがいくつもの仕事を掛け持ちして稼いでおり、そんな母の姿を見てきた娘のマルッチェラは、母の様な生き方は絶対にしたくないと、ずっと思ってきました。
マルッチェラには、恋人がいます。お金持ちの御曹司ジュリオです。近々、両親を連れて婚姻の挨拶に来るというのですが、こんな家庭環境ですから、マルッチェラは不安で仕方ありません。
一方、仕事の帰り道、デリアは自動車修理工場の前を通るのですが、そこで働くニーノは、デリアにずーっと好意を寄せています。
「30年間、毎朝後悔している」と言うニーノは、町を出るから一緒に来ないかとデリアを誘います。戸惑いを見せるデリア。
そんな時、デリアのもとに、一通の手紙が届いたのです…。

全編モノクロの作品です。
監督を務めたのは、主演のデリアを演じたパオラ・コレテッレージ。コメディエンヌでもあるそうで、これが初監督作品となります。
女性の地位が低く、権利も限られていた時代。それでもたくましく生きるデリア。
そんな母を反面教師にしていた娘のマルッチェラですが、その実は…。
話したいことはたくさんあるけれど、何を書いてもネタバレになりそうで(笑)。
デリアの決断の先に待っていたのは?
「騙されたっ」というと言葉は悪いけれど、最後に「えーっ」となるのは必至!それだけ脚本が秀逸ということだと思います。
ボクのような日本人が観てもそう感じるのですら、自国ではさらにでしょうね。2023年のイタリア国内興行収入No.1も頷けます。
是非、ご覧になってみて下さい。このコラムの意味がわかりますから(笑)。満点!★5つ。
『ドマーニ! 愛のことづて』公式サイト


『Flow』は、第97回アカデミー賞の長編アニメーション賞受賞作。

ある朝のこと。一匹の猫がいつものように目覚め、外に出ると、辺りの様子がどうもおかしい。
すると、大量の水が押し寄せてきて、世界は大洪水に飲み込まれてしまいます。
高いところに上がるのは得意な猫でしたが、いよいよ困った時、一艘の舟が流れてきます。
ピョンと飛び乗った猫。
すると、カピバラ、犬、キツネザル、ヘビクイワシと、次々と同乗者が増えていったのでした…。

ギンツ・ジルバロディス監督は、ラトビア出身。
第97回アカデミー賞では、国際長編映画賞にもノミネートされていました。
全編を通してセリフがなく、動物たちの鳴き声だけ。人間の姿もありません。
ただ、登場人物ならぬ“登場動物”がそれぞれに持つ、固有の特徴がある。それをデフォルメすることで、人間をも思わせるキャラクターを作っていきます。
犬はあちこちに尻尾を振るし、カピバラはドンと構え、キツネザルは物欲が強く、ヘビクイワシはどこか高みから見下ろしているかのよう。窮地を生き抜くそれぞれを、主人公の猫の目で見てるといった感じでしょうか。
インストゥルメンタルの音楽は、歌詞が無いからこそ、聴き手に映像を思い浮かばせると言います。似たようなことが、この作品にも言えるのかもしれませんね。
世界が認めた、ラトビア発のアニメーション。想像力豊かに、楽しんで下さい!★4つ。
『Flow』公式サイト


『私たちは天国には行けないけど、愛することはできる』は、韓国映画。

1999年、夏の韓国。
女子高生のジュヨンは、テコンドー部員。
幼なじみの男の子、ミヌと行ったファストフード店で、ジュヨンはミヌから、「あのレジの女の子に手紙を渡してほしい」と頼まれ、注文時に「好きです」と書かれたメモを手渡します。彼女の名はイェジ。
後日、ジュヨンがテコンドー部の先輩たちからいじめを受けているところを、偶然通りかかったイェジが、機転をきかせて助けてくれます。
数日後、ジュヨンが帰宅すると、家にイェジがいるではありませんか。
実は、イェジは少年院帰り。ジュヨンの母が協力している更正プログラムの一環で、イェジがホームステイをすることになったのです。
同じ部屋で過ごす毎日。ジュヨンとイェジは、互いのことが気になりだします。それは、友情を超えた感情でもありました…。

同性愛、セクハラ、体罰、貧困、差別など、近年、無くしていこう、考え方を変えていこうとの機運が高まっているテーマを、ひとつの物語に詰め込んだ作品。
日本でも、昨年、昭和の時代をコミカルに描いたドラマ『不適切にもほどがある』が話題となりましたが、1999年の韓国には、まだそんな風潮があったということなのでしょう。
当然、“あの頃”なわけですから、二人の恋には高過ぎるハードルが待ち受けています。それをどう越えるのか、越えられるのか。それは劇場でお確かめ下さい。★3つ。
『私たちは天国には行けないけど、愛することはできる』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.3.5
『フライト・リスク』★★★
『マッド・マウス ミッキーとミニー』★★
(満点は★★★★★)

第97回アカデミー賞の各賞が発表されました。
残念ながら、日本映画の受賞は叶いませんでした。特に『小学校〜それは小さな社会〜』は、★5つにしていた作品なので注目していましたが…。
それでも、ノミネートだけですごいのと、これでまたたくさんの人の目に触れるかと思えば、その好影響は計り知れません。
少しでも気になる映画が公開されたら、是非劇場に足を運んでみて下さい。
さぁ、今週は2本です!

『フライト・リスク』は、俳優のメル・ギブソンの9年振りとなる監督作。

ウィンストンは、世間を騒がせた重大事件の重要参考人。保安官補のハリスは、極寒のアラスカの地で彼を捕まえます。
続く任務は、ウィンストンをニューヨークまで無事に護送して、裁判で証言させること。
手配した小型飛行機の後部座席にウィンストンを座らせ、鎖で繋ぐと、ダリルというベテランパイロットが乗り込み、テイクオフ。アラスカからニューヨークへのフライトが始まります。
ところが、ウィンストンが、足元に落ちていたパイロットのライセンス証を発見。見ると、貼られている写真はまったくの別人ではありませんか。
そう、今、操縦捍を握っているのはダリルではなかったのです…。

ワケありで久々の現場復帰となり、任務に意欲を燃やすハリス保安官補。
ウィンストンに証言をされると困る大物が大勢いるからこそ、彼の身の安全を守り、裁判所まで護送する必要がありました。
そこで命を狙いに来たのが、ニセのダリル。
上空10000フィートの、いわば密室で起こる、3人の命を賭けた闘いが、この映画です。
目新しさこそありませんが、よく考えられていて、当然のことながら、無線や電話も重要なツールになってきます。
ホッとした次の瞬間に、新たな危険が襲ってくる。それが最後の最後まで続きます。
見ているあなたも、この展開に息が抜けないはず。好きな人にはたまらない、王道を行くサスペンションアクションだと思います。★3つ。
『フライト・リスク』公式サイト


『マッド・マウス ミッキーとミニー』は、ミッキー史上初のホラー映画。

郊外の巨大なゲームセンター、ファン・ヘイヴン。
そこで働くアルバイトのアレックスとジェイナは、店長から貸し切りが入ったからと残業を頼まれます。
ところが、ジェイナにはデートの約束が。アレックスに仕事を任せて店を出ていってしまうんですね。
実はこの貸し切り営業、アレックスの21歳の誕生日を祝う、友人たちのサプライズパーティ。驚いたアレックスには、もうひとつうれしいことが。メンバー中に、アレックスが思いを寄せるマーカスがいたのです。
しかし、ときめいていたのも束の間。ひとり、またひとりと、何者かに命を奪われていったのです…。

1928年に公開された、ミッキーマウスの最初のアニメが『蒸気船ウィリー』。公開から95年が経ち、その著作権の保護期間が終了。この初代ミッキーだけは自由に使えるようになりました。
そこで作られたのが、この映画。なんと殺人鬼のミッキーが暴れまわります。
ゲームセンターでの凶行と並行して、別の男女4人組が襲われるストーリーも描かれていきます。
ただ、変な言い方ですが、“殺しに深みがない”。ミッキーマウスである必然性に欠けるかなぁ。
冒頭のテロップ、BGMから遊び心満載ですが、そのあたりが残念でした。
ボクはディ○ニー・マニアではありませんが(笑)、ミッキーファンはどう感じるのか?聞いてみたいところです。★2つ。
『マッド・マウス ミッキーとミニー』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.2.26
『TATAMI』★★★★★
(満点は★★★★★)

先週のミニシアターランキング1位は『聖なるイチジクの種』、5位は『コメント部隊』。
気になる方は先々週の「Pick Up Movie!」をチェックしてみて下さい。
今週の作品も、きっとランク上位に来ると思われます。
さぁ、今週は1本です!

『TATAMI』は、実話に基づく問題作。

女子柔道のイラン代表選手、レイラ・ホセイニ。
その実力は折り紙つきで、ジョージアで行われている世界柔道選手権での有力なメダル候補。評判通り、ここまで順調に勝ち上がっていました。
チームの監督は、過去に自身も女子柔道のイラン代表だったマルヤム・ガンバリ。
レイラの金メダルが見えてきたその時です。監督の元に、1本の電話が入ります。
それは、「レイラを棄権させろ」というイラン政府からの指示だったのです…。

基になったのは、2019年に日本武道館で開催された世界柔道選手権で、実際にあった出来事だそう。
敵対するイスラエルの選手と戦って負けることは、国のメンツを潰すことになるからと、イラン政府はスポーツであっても、その接触を避けてきました。
自身のため、家族のため、そして柔道家としてのプライドのため、練習に励んできたレイラ。
念願の世界一を前に、嘘のケガでの棄権を迫られます。断れば、祖国で応援してくれている家族にも危険が迫る。
実はマルヤム監督にも、暗い過去がある。
果たして、レイラの下す決断とは?
監督はイスラエル出身のガイ・ナッティヴ、共同監督はイラン出身で、マルヤム監督役も務めたザーラ・アミール。映画史上初となる、両国出身監督の共作が実現しました。
映画は秘密裏に撮られ、参加したイラン出身者は全員亡命したそうです。
もちろん、イランでの上映は禁じられたまま。『聖なるイチジクの種』もそうですが、命懸けで映画を撮っている現実…。
本来なら、夢と希望に満ち溢れているはずのスポーツやアートの世界。その色を消してしまう政治や思想の圧。モノクロの映像はその象徴でしょうか。
JUDOがテーマなだけに、ボクら日本人にも伝わるものは大きいと思います。
阿部詩選手がナレーションを務める予告編にも注目です。満点!★5つ。
『TATAMI』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.2.21
『あの歌を憶えている』★★★
『かなさんどー』★★★★
『綺麗な、悪』★★★
『銀幕の友』★★★
『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』★★★
『ゆきてかへらぬ』★★★
(満点は★★★★★)

今週はたくさんありますョ。早速行きましょう。
さぁ、今週は6本です!

『あの歌を憶えている』は、ヒューマンドラマ。

シルヴィアはシングルマザー。13歳の娘アナとNYに暮らしています。
ある日のこと、同窓会に出席したシルヴィアが、居心地の悪さに会場を出ると、ずっと後を追ってくる男性がいます。
家にまでついてきた男は、雨の中、ドアの前で朝を迎えたようで、ずぶ濡れで座っていました。
さすがに心配になったシルヴィアが声を掛けると、彼は若年性認知症で記憶障害を持つソールという男性だとわかります。
ソールは弟のアイザックと、その娘サラと暮らしていましたが、外出を禁止されるなど、自由がありません。
シルヴィアが介護施設で働いていることを知ったサラは、シルヴィアに伯父ソールの面倒を見てくれないかと頼むんですね。
空いた時間ならと、シルヴィアは依頼を受けるのですが…。

上記はあくまで導入部。
シルヴィアには、学生時代の辛い過去があり、ソールがつけてきたのはその関係ではと、初めは疑いの目を向けます。
次第にソールのおおらかさに愛情を抱くようになったシルヴィアですが、物事はそう簡単には進みません。
ソールの弟の猛反対があり、なおかつ、シルヴィアには、さらに忘れたくても忘れられない過去があったのです。
重いです。想像していた以上に壮絶な過去がシルヴィアにはあります。覚えていたくても忘れてしまうソールと、忘れたくても忘れられないシルヴィアの恋のお話。プラスとマイナス、凸と凹とが出会えたのかもしれません。
ボクら世代には懐かしい、プロコルハルムの「青い影」(1967年)が効果的に使われています。
よくも悪くも家族の物語。その意味は、観ればわかるはずです。★3つ。
『あの歌を憶えている』公式サイト


『かなさんどー』は、お笑いコンビ・ガレッジセールのゴリが、本名の照屋年之名義で監督を務めた作品。

美花のところに、父の会社の元従業員の男性から電話が入ります。
「お父さんがまた倒れた。今月もたないかも」。
美花は母・町子が倒れた時、酒を飲んでいて電話に出なかった父が許せず、縁を切って島を出ていたのです。
7年振りに帰った、沖縄県伊江島。
父は病院のベッドで寝ていました。
久し振りの実家で思い出す、仲のよかった親子3人の暮らし。
すると美花は、母の日記を見つけます。そこに書かれていたのは、娘の自分が知らなかった、父と母の愛の物語だったのです…。

よかったです。泣かせます。
あんまり書くとネタバレになるから控えますが、脚本も照屋年之。上手くできてました。
個人的な話で恐縮ですが、亡くなったボクの父の入院先に、母がいつも見舞いに行っていて。
行けない時、母から預かった手紙を父に届けると、本当にうれしそうで。「俺が愛した女だからな」と。息子の前で言うセリフかよと恥ずかしくなったのを思い出します。
だって、水と油みたいな両親だと、ずーっと思ってたから。
子どもの知らない男女の関係が、両親にだってちゃーんとある。その時に、それを知りました。
短い時間だったけど、出会った頃に戻れたんじゃないかなぁ。幸せな数日だったと思います。
映画と関係ないようで、あるんです(笑)。
ちなみに、“かなさんどー”には、“愛おしい”という意味があるそうです。★4つ。
『かなさんどー』公式サイト


『綺麗な、悪』は、瀧内公美の一人芝居。

街を歩くひとりの女性。
古びた洋館に辿り着くと、軋む扉を開け、中へと入っていきます。
どうやらそこは、彼女が以前診察を受けていた精神科の病院のよう。
医師は不在?
時折、動き出す、酔っぱらいピエロの人形。
彼女は患者用の椅子に座り、語りだしたのです。
「火の…火の話から始めることにします」と…。

映画プロデューサーの奥山和由が、30年振りにメガホンを取った異色作。
芥川賞作家・中村文則の短編小説「火」を原作に、60分を超える一人芝居をワンカットの長回しで撮った作品。
瀧内公美はインタビューで、「1回で体力が全部奪われる」と語っていました。それを2回、回したとも。
主人公は話します。
8歳で家に火を付け、親を殺したこと。
いじめにあった学生時代。
21歳で結婚、出産。
夫の父親と関係を持ち
離婚。
そして売春。
主人公が憑依しているとしか言いようがありません。卓越した集中力。芝居ってすごいんだなと。
プロの仕事を見せつけられた気がします。★3つ。
『綺麗な、悪』公式サイト


『銀幕の友』は、中国のショートムービー。

1990年、中国のとある田舎町。
病身の母と暮らすチョウは、映画スタジオの受付として働いている女性。
15日間に渡るアジア競技大会が終わり、敷地の中に立っていたパンダのマスコット“パンパン”も撤去されようとしていました。
すると、ひとりの男性がスタジオを訪れます。ここで働く知人に会いに来たと言います。
彼の名はリー。全国を旅する詩人だそう。
知人を待つ間、ふたりは何気ない会話を交わすのでした…。

24分のショートムービー。
鮮烈な出来事は起こりませんが、些細な日常の中にこそ、人生を変えるような瞬間がある。そんな気づきの物語かなと。
チョウの職場では、次の金曜日に、職員とその家族のための映画の上映会があり、チョウはその仕切りも任されています。
皆で映画を1本観ることで、体験を共有できた1990年の頃に連れ戻したい。監督のチャン・ダーレイは、そう考えたそうです。旧き良き時代への郷愁があるのでしょうか。それだけ中国が急速に発展したことの裏返しかもしれませんね。
『三丁目の夕日』じゃないけれど、日本の昭和にも似た懐かしさを感じました。★3つ。
『銀幕の友』公式サイト


『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』は、ファンタジーな青春ドラマ。

自然に囲まれたのどかな村に暮らす4人の同級生がいます。アキト、ハルヒ、ナツキ、ユキオは18歳。
村の長老“てつ爺”に呼び出された4人は、村の秘密を聞かされます。
「この村の男たちはな、人生で一度だけ魔法が使えるんだ。ただし、魔法は命にまつわることには使えない。使えば村に不幸が起きる」と。
初めは冗談だろうと笑っていた4人でしたが、自分の父親たちも魔法を使ったと知り、真剣にこのことを考えるようになります。
魔法が使えるのは、18歳から20歳まで。年下や村の外の人間に口外することは許されません。
4人は魔法会議なるものを開くのですが、本音をぶつけ合う中で軋轢が生じてしまいます。
あんなに仲がよかった4人の間に、亀裂が生じてしまったのです…。

人気放送作家だった鈴木おさむの原作を、実写映画化した作品。
18歳の4人はそれぞれに悩みを抱えています。
アキトはピアニストになりたいけれど、楽器店を営む父に反対されています。
ナツキはサッカーのプロを目指していましたが、父親が倒れてしまい、夢を捨てて家業を手伝わざるを得ません。
ユキオは建設会社を営む父に、悪い噂が。
そして、ハルヒは生まれもっての病を抱えていたのです。
果たして、4人は何に魔法を使うのか。気になりますよね。
でも、ボクらは生きている中で、ほぼほぼ魔法を使っているんじゃないかと。
縁とか、運とか、流れとか。強く思えば叶ったり。そう、強く思ったからこそ努力もできた。ならばそれって、魔法みたいなものなんじゃないのかなって。
そんなことに気づかせてくれるかも。疲れている人は、心の洗濯に是非。★3つ。
『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』公式サイト


『ゆきてかへらぬ』は、大正時代の尖った愛と青春の物語。

20歳の長谷川泰子は、かけ出しの女優。まだ17歳の学生だった詩人の中原中也と京都で出会い、恋に落ちます。
一緒に暮らし始めた泰子と中也が東京に引っ越すと、ふたりの家を文芸評論家の小林秀雄が訪ねてきます。
秀雄は、中也の詩人としての才能を高く評価しており、中也は批評の世界で名を馳せている秀雄に認められることに誇りと喜びを感じていたのです。
しかし、そんなふたりの関係に、泰子は嫉妬すら覚えるようになります。
一方で、秀雄はまた泰子の魅力にも気づいてしまったのです。
押さえきれないそれぞれの想い。
こうして、いびつな三角関係が始まったのでした…。

根岸吉太郎監督作品。
公式サイトのあらすじにも、“アーティストたちの青春”という言葉がありますが、文化の黎明期だった大正時代に実在した卓越した若き才能たちの恋は、時に刃物のように相手を傷つけ、また自分自身にすら、傷を負わせてしまいます。
駆け引きのない魂のぶつかり合いは、火花さえ散らしながら、先の読めないドラマを描いていきます。
“三”というのは強いと言われますよね。三角は潰れない。三脚は三本の足だから立てるとも。
波乱の人生を選んだ3人は、棘の関係であったとしても、互いに決して欠かせない存在だったのでしょう。
泰子に広瀬すず、中也に木戸大聖、秀雄に岡田将生。
大正モダンの色彩に魅せられながら、その世界観に没入できる。ベテラン制作陣による、映画らしい映画だと思います。★3つ。
『ゆきてかへらぬ』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.2.14
『コメント部隊』★★★
『聖なるイチジクの種』★★★★
『恋脳Experiment』★★
(満点は★★★★★)

寒いっ。
最強寒波が居座り続けた日本列島。2月だから、寒いのは当たり前とはいえ、寒い…。
出不精にならないよう、観たい映画を探して、街に繰り出しませんか?
さぁ、今週は3本です!

『コメント部隊』は、韓国映画。

イム・サンジンは新聞記者。
巨大企業であるマンジョンの不正を暴く大スクープを書いたものの、誤報だったことが判明。新聞社から、停職処分を受けてしまいます。
さらにネット上に、あることないこと、自分のすべてが晒され、大炎上のイム・サンジン。
そんな彼のもとに、「あの記事は事実です」というDMが届きます。
半信半疑で送り主とコンタクトを取ると、彼らはチームアレブという、いわゆる“コメント部隊”で、金さえ貰えば世論の操作が可能だと。マンジョンに依頼され、あの記事を“嘘”にしたのは自分たちだと言うのです。
それが事実だとしたら、彼らの話の中にとんでもないネタが潜んでいるのではないか。イム・サンジンの記者魂に再び火がついたのですが…。

SNSが、恐ろしいほど大きな影響力を持っている現代。
選挙の時なんかでも、容易く世論を一転させるほどの力を、SNSは持っていますもんね。
音楽評論家の富澤一誠さんが言った、「事実はひとつ。でも真実はひとつではない」。この言葉が予言のように感じる、まさにそんな時代になりました。
世の中の論調がひとつの方向に堰を切ったように流れると、もう誰にも止められません。
“事実”は確かな事象ですが、“真実”とは、言い換えれば、その事象に対する個々の価値観なわけで。
最近のあれこれを見ても、SNSに乗っかった世論が推論で“真実”を作っている気がしませんか?
“事実”をきちんと知る前に、憶測だけで“真実”を決めつけると、振り上げた拳を下ろせなくなってしまいます。
それでも匿名だから、別に関係ないやって感じなのでしょうか。
話がややそれましたが、この映画では、コメント部隊なる存在が、世論なんていくらでも操作できると。その真実と虚構の沼に、新聞記者がハマっていくストーリー。
ネットが得意ではないボクには、正直ついていくのがやっとだったけど、今年は参議院議員選挙もありますからね。フェイクに惑わされないよう、きちんと見抜く力を鍛えておきたいですね。★3つ。
『コメント部隊』公式サイト


『聖なるイチジクの種』は、イラン人監督が描くサスペンススリラー。

イマンはイランの国家公務員。彼には、妻のナジメとふたりの娘、レズワンとサナがいました。
20年に渡る勤務態度が評価され、イマンは夢だった予備判事に昇進することに。しかしそれは、反政府デモの逮捕者に極刑を処すための判を押す。そんな仕事でもあったのです。
今、国内では政府への反感が高まっており、公務員の素性がSNSに晒されるのは日常茶飯事。遂にはイマンの住所も、ネットに載せられてしまったのです。
イマンは上司から護身用にと、一丁の銃を渡されます。自宅に持ち帰り、寝室の引き出しに銃を隠すイマン。知っているのは妻のナジメだけ。
ところが、この銃が消えたのです。
誰が盗んだのか。家族は皆、否定します。
すると、この出来事が、とんでもない事態へと発展していくのでした…。

2022年に、イランでは、ヒジャブの被り方が不適切だと女性が警察に逮捕され、不審な死を遂げています。これに対し、女性たちが抗議のデモを行い、多数の逮捕者が出ました。日本でも報じられましたよね。記憶に新しいところだと思います。
イラン人のモハマド・ラスロフ監督は、実際の映像も織り交ぜながら、母国に対し、この映画を以て大きな怒りの声を上げました。
実は、過去の作品で政府を批判したとして、すでに有罪判決が下っている監督は、イランを秘密裏に脱出しています。
公式サイトにある監督の“声明”を読んでみて下さい。諜報機関がこの映画の情報を知る前に、自身のように国を脱出できた俳優やスタッフもいるけれど、そうでない人も大勢いると。その仲間たちは起訴され、取り調べを受けており、身の安全が心配だと言うのです。愕然としませんか?
この映画は、昨年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。第97回アカデミー賞では、国際長編映画賞にノミネートされています。
歪んだ正義や信念が、実の家族にここまでするのか?というのが、日本人のボクには理解できず。満点にしなかったのはそんな理由からですが、現実は映画の世界そのものなのかもしれません。
命懸けの167分。是非、ご覧になってみて下さい。★4つ。
『聖なるイチジクの種』公式サイト


『恋脳Experiment』は、恋に恋する女性の物語。

お姫様ごっこが大好きだった山田仕草は、今、中学生。
女子校ゆえ、男子との接点は塾のみ。恋をすると可愛くなれると信じ込んでいた仕草は、同じ塾に通う晴人に突然告白します。
「まぁ、いいよ。名前も知らないけど」。
当然のごとく、あっという間に、この“恋愛ごっこ”は幕を閉じることに。
時は流れ、美大に通うようになると、今度はダンスを学ぶ翔太という恋人ができます。
ところが、卒業制作が上手くいかないのは恋にうつつを抜かしているからだと考えた翔太は、仕草に別れを突き付けます。
さらに、卒業後に就職したデザイン会社では、憧れだった西川というデザイナーの下で働くことに。しかし、この西川がパワハラとセクハラの権化のような上司で。
妻子持ちの西川主催のホームパーティで、仕方なくも甲斐甲斐しく動く仕草。
すると、その姿を見ていた男性が、仕草に優しく声を掛けてきたのでした…。

幼少期から思春期、そして社会人になった、ひとりの女性の恋愛遍歴を追ったストーリー。
恋愛遍歴と言っても、ずーっと抱いている理想を追いかける、頭デッカチな恋ですから、決して派手なものではありません。
恋に恋することを“呪い”と表現しているように、いわゆる恋愛下手な女の子の恋物語。
西川のホームパーティで知り合った男性は、西川の元同僚だったエイジ。
いよいよ理想の男性との出会いか、否か。それは劇場で確かめてみて下さい。
Experimentには、“実験”とか“試み”という意味があります。
ボクも恋愛には理想を追い過ぎるみたいで。それゆえ、今でも成就してないんですが(^^;、この映画のほとんどの登場人物に感情移入ができず。厳しい評価でごめんなさい。★2つ。
『恋脳Experiment』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.2.7
『大きな玉ねぎの下で』★★★★★
『サラリーマン金太郎【魁】編』★★★★
『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』★★★
『世界征服やめた』★★★★
『ヒプノシス レコードジャケットの美学』★★★
(満点は★★★★★)

2月になりました。
1月に観させてもらった映画の試写は18本。
まずまずの滑り出しかと思います(^-^)v
今年はどれだけたくさんの作品に出逢えますか。
今からワクワクです!
さぁ、今週は5本です!

『大きな玉ねぎの下で』は、爆風スランプの名曲にインスパイアされたラブ・ストーリー。

丈流は就活中の大学生。夜は“Double”というBARでアルバイトをしています。
この店、昼は別の経営者がスイーツの店として営業。そこでは看護学生の美優が、アルバイトとして働いていました。
丈流と美優は、互いにこの店で働いていることを知りません。でも、実は以前居酒屋で出会い、言い合いになったことが。さらに、丈流の母が入院している病院で実習をしていたのが美優。見舞いに行った丈流が美優とバッタリ会った途端、再び言い合いになるほどの犬猿の仲でした。
そんな時、Doubleで昼と夜との業務連絡ノートを始めます。最初はまさに業務連絡だけだったのですが、次第に相談事も書き合うようになり。まるで交換日記のように。
しかし、相手が丈流であり、美優であるとは、つゆ知らず。それでも、文字だけの相手のことが、互いに気になり出していたのです…。

爆風スランプ、1989年の大ヒット曲「大きな玉ねぎの下で」。
元々は1985年のアルバム『しあわせ』の収録曲で、リメイクして発売したシングル盤には「〜はるかなる想い」というサブタイトルが付いていました。
あらすじとして書いたものは、丈流と美優のことだけですが、実は30年前、丈流の両親も文通で知り合っていて、その物語も並行して描かれていきます。
昭和の時代にはあったんですョ。「文通しませんか?」という雑誌のページが。本名と住所が載ってるなんて、今じゃ考えられませんよね(笑)。
2世代に渡る“手書きの文章”が育む、恋物語。
誤解やすれ違い。障壁はたくさんあります。でも、仲間が、家族が、背中を押してくれます。
ゴールはどちらも日本武道館!
幅広い年齢の皆さんの心を打つ映画だと思います。
あ、もうひとつ、ラジオも重要なツールとして登場します。ラジオDJのボクにとっては、うれしい設定でした。
ハンカチを持って、劇場に是非!満点★5つ!
『大きな玉ねぎの下で』公式サイト


『サラリーマン金太郎【魁】編』は、人気コミックの実写映画化。その後編。

ひょんなきっかけで、マグロ漁師から大企業のヤマト建設に入社した矢島金太郎は、伝説の元暴走族のリーダー。
そんな金太郎に与えられた、初めての大きな仕事が、九州における地熱発電所の建設でした。
しかし、近くには小さな温泉街があり、最初は賛成していたという住民たちも、なぜか今では建設反対の側に回っています。
加えて、下請け会社は一ツ橋社長を筆頭に、まったく働こうとしません。それどころか、2億円もの金を要求してくるではありませんか。
一ツ橋社長とケンカになり、怪我をした金太郎は、ある温泉旅館に運び込まれます。
療養のお礼にと旅館を手伝う金太郎。すると、少しずつ街の人々の本音を知ることになります。
さらに、この案件の裏には、プロジェクトの邪魔をする、大きな陰の力の存在が見えてきたのです…。

前編となる【暁】編は、1月10日に公開となっていて、その時にも書きましたが、時代劇にも似た爽快感が魅力。“下剋上ヒューマン・エンタテインメント”というキャッチフレーズが公式サイトにありますが、言い得て妙だと思います。
コンプライアンスが厳しい現代において、何もかもがありえない設定ですが、それが逆に時代の“無い物ねだり”を刺激してくれるのかもしれませんね。
いい意味での“人たらし”。矢島金太郎がうらやましい…(笑)。
エンタメとして、理屈抜きに楽しめる1本だと思います。★4つ。
『サラリーマン金太郎【魁】編』公式サイト


『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』は、実話を基にしたストーリー。

1940年のドイツ、ベルリン。
ユダヤ人の両親を持つ、ステラ・ゴルトシュラークは18歳。夢はジャズシンガー。アメリカで歌手になるために、ステラは毎日のように歌い続けていました。
しかし、ナチスによるホロコーストが始まると、両親と共にステラも捕らえられ、強制労働を強いられます。
そんな中、偽造パスポートを作る男性と出会い、ステラは自由を得るんですね。
ところが、そんな日々も束の間。ステラはゲシュタポに逮捕されてしまいます。
アウシュビッツに送られないことと引き換えに、ステラが選んだのは、ベルリンに隠れ住む同胞をナチスに売る、密告者の道だったのです…。

常々思うのは、ナチス関連の映画の多さです。
映画として制作されるのは、人類最悪の過ちを忘れてはいけない、繰り返させてはならないという信念からなんだと思います。
生き延びるためにステラが選んだ、密告者という選択肢を「仕方ないよね」とは絶対に言えません。「でも100%あなたは拒めますか?」と聞かれたら…。
しかしです。その先には、どちらを選ぼうとも、絶望しかないのです。
戦争とはそんな残酷な行為なんだということを、改めて念に記す必要があると強く感じます。★3つ。
『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』公式サイト


『世界征服やめた』は、北村匠海初監督作品。

彼方は会社員。
ルーティーンのような毎日に、日々変わらない生活に、彼方は辟易としていました。
内向的な彼方とは対照的に、明るい性格の星野という同僚がいて、昼休みの屋上で、また仕事帰りの居酒屋で話すこともしばしば。
「自分のことなんて、誰も必要としていないんじゃないか」。
そう悩む彼方に、星野は言います。
「お前の世界は誰の世界なんだ?誰に征服されたんだ?征服しちまえよ。お前がさ」。
そんな星野がある決断をしたことで、彼方の生き方が大きく変わることになるのです…。

俳優として、DISH//のボーカリストとして活躍する、北村匠海の初監督作品。企画、脚本も自身が手掛けています。
ボクはいつも、情報を先入れせずに試写に臨むのですが、エンディングで流れる主題歌を聴いた時、「この曲がこの映画のすべてじゃないか」と感じました。
それもそのはず。映画のタイトルは、不可思議/wonderboyというアーティストの楽曲のタイトルで、監督が学生時代、将来に絶望していた時に出会って人生を変えてもらった曲なんだそう。
「いつか映画にしたい」。
その思いが結実した51分の作品です。
不可思議/wonderboyのジャンルは、ポエトリーリーディング。ラップにも似た“言葉のアート”です。ボクらの時代だと、TOKYO No.1 SOUL SETという3人組が、シーンを引っ張ってました。
不可思議/wonderboyは、今はもうこの世にいません。でも自分が救われたように、今また彼の言葉を多くの人に聴いてもらいたい。そんな監督の思いがひしひしと伝わる映画です。
逆説的になりますが、この映画を観る前に、不可思議/wonderboyの「世界征服やめた」を聴いておくことを強くお勧めします。
曲に始まり、曲に終われば、より理解が深まる。そんな映画だと思います。★4つ。
『世界征服やめた』公式サイト


『ヒプノシス レコードジャケットの美学』は、ドキュメンタリー。

70年代のロックを語るのに欠かせない要素が、レコードジャケット。
ピンク・フロイド、レッド・ツェッペリン、10cc、ポール・マッカートニー、アラン・パーソンズ・プロジェクト、ジェネシスを始め、数多くのバンドやミュージシャンのアルバム・ジャケットを手掛けたデザイナー集団がヒプノシス(Hipgnosis)です。
創業時のメンバーは、“ストーム”ことストーム・トーガソンと、“ポー”ことオーブリー・パウエルのふたり。
1968年、学生時代の友人だったピンク・フロイドのメンバーから2ndアルバム『神秘』のジャケットデザインを頼まれたのをきっかけに活動を開始。
「レコードジャケットは庶民のアートコレクション」と、ジャケットデザインを芸術の域にまで高めたヒプノシス。
今だから話せるような裏話や制作秘話など、興味深いエピソードがたくさん。ブリティッシュ・ロックのビッグネームたちが、当時を振り返りながら、よくも悪くも、思い出を語っています。
80年代に入ると、MTVに代表されるように、ビジュアルはミュージックビデオが主となり、さらにCDの時代になるとジャケットも小型化。その役割も、同様に小さくなった印象は否めません。
昔はレコードジャケットで選ぶ、通称“ジャケ買い”なんていうのがありましたもんね。
音楽ファンなら、懐かしく楽しめる1本だと思います。★3つ。
『ヒプノシス レコードジャケットの美学』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.1.29
『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』★★★★
(満点は★★★★★)

最近、ミニシアターランキングに、このコラムで紹介した映画が多数ランクインしていることを知り、なんだかちょっとうれしくなったりもしています(笑)。
いい作品には、陽の目を浴びてほしい。しかし、すべてがそうならないのが現実ですもんね。
ボクなんかは、微力も微力ですが、発信しないとね。
さぁ、今週は1本です!

『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』は、実在の兄弟デュオ、ドニー&ジョー・エマーソンの半生を描いた映画。

ワシントン州フルートランド。エマーソン兄弟の父は、広大な農場を経営し、長男のジョーと次男のドニーは、学校から帰ると父の仕事を手伝うのが、日々のルーティーン。娯楽と言えば、テレビを見ることぐらい。ふたりは“何もない町”で育ちます。
ところが、父がラジオ付きのトラクターを購入したことで、人生が一変します。
ラジオから流れてくる音楽に夢中になった兄弟は、楽器を購入すると、時間を忘れて音楽に没頭。ジョーはドラムス、ドニーはギターとボーカル。加えて、ドニーには曲作りの才能がありました。
息子たちの音楽への熱意を信じた父は、敷地の中にコテージを建て、練習スタジオに。さらに大金を投じて、レコーディングスタジオへと変えたのです。
そして完成させたオリジナル・アルバムが、1979年リリースの『Dreamin′ Wild』。ジョーは19歳、ドニーは17歳。
しかし、自主制作盤ゆえ、地元のラジオ局が取り上げたぐらいで、話題にもなりませんでした。
多額の借金が残り、父は農場を切り売りして急場をしのいできたのです。その後、ジョーは父の跡を継ぎ、ドニーはスタジオミュージシャンとして音楽活動を続けていました。
しかし、奇跡が起こります。
2008年、レコードコレクターの男性が、アンティークショップで、『Dreamin′ Wild』を手にし、聴いて衝撃を受けたとSNSにUPすると、瞬く間にそれが拡散。レコード会社から再リリースの話が舞い込んできたのです…。

事実は小説より奇なり。
実話ですから驚きます。
ただ、再び活動を再開させたドニーとジョーが、順風満帆だったかと言えば、そうではなく。立ちはだかる現実、30年もの歳月。あの時、ふたりは10代でしたから。
それを乗り越えるには、家族の愛がありました。
代表曲の「Baby」は、数年前に、ユニクロのダメージジーンズのCMソングとして採用され、世界中の人の耳に届いたメロウなナンバー。あ、メロウだなんて、この表現も古いのかな?(笑)。
ボクは昔、FM NACK5で、音楽評論家の富澤一誠さんと、インディーズではないメジャーディストリビュートのシングル曲を全部OAして、リスナー投票でその月の1位を決める『Japanese Dream』という番組を11年やらせてもらってました。
ボクの中のNo.1ラブソングも、人生を歌ったNo.1ソングも、正直、さほど売れてはいない曲だったりします。
映画に登場するレコードコレクター氏ほどの力はないけれど、SNSでそれらの曲の良さを、今の時代に改めて伝えられないかなぁと考えたりもしています。
あ、話がそれましたが(笑)、素敵な映画です!是非、ご覧になってみて下さい。★4つ。
『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.1.24
『悪鬼のウイルス』★★
『籠の中の乙女』★★★
『雪子a.k.a.』★★★
『嗤う蟲』★★★
(満点は★★★★★)

今週公開の映画のオンライン試写で、1本まったく音声が聞こえないものがありました。
スマホで観させてもらうのですが、機器との相性もあるのか、たまに不具合が生じたりもします。
せっかくの機会を活かせず、申し訳なく思います。関係者の皆さん、すみません。
さぁ、今週は4本です!

『悪鬼のウイルス』は、ホラー・サスペンス。

智樹、颯太、日名子、奈々枝の4人は、都市伝説を追う動画サイトのYouTuber。
今回行くのは、神隠しの噂がある旧石尾村。
今は存在しないその村について付近の住民に尋ねて回りますが、ほとんどの人が知らないと口を閉ざします。
位置的にはここだと確信した4人が、辺りを散策すると、すべての家には南京錠が。異様な風景に興味津々でいると、牧師のような男性と出会います。
「早く出ていったほうがいい」。
その言葉を無視する4人に、恐怖の体験が待ち受けていたのでした…。

二宮敦人の同名小説の実写映画化。
今ふうの設定で、怖いもの知らずの若者の傍若無人さに、辟易しながら観てました(笑)。
ネタバレにならない程度に書くと、途中から方向性が変わってきます。ホラーからアクションへ。
出演者も若手のアイドルやミュージシャン、モデルだったりするので、ターゲットは彼らのファン層なのかもしれません。
そこからどれぐらいの振れ幅ができるかが、ヒットの大切な要因ですが、まずはターゲットにしっかり観てもらうことかなと。
頑張りが評価されることを祈ります。★2つ。
『悪鬼のウイルス』公式サイト


『籠の中の乙女』は、“ギリシャの巨匠”ヨルゴス・ランティモス監督の09年のカンヌ・デビュー作。

ギリシャ郊外にある、四方が高い壁で仕切られた大邸宅。そこには両親と、兄と二人の妹が暮らしていました。
一見、裕福な家庭の日常に見えますが、何かがおかしい。
実は、父親が決めた厳格なルールがあり、3人の子どもたちは、生まれてから一度も家の外に出たことがありません。外の世界をまったく知らないのです。
妻は夫に従順で、厳格なルールの中で子育てをし、教育を与えてきました。
父はことあるごとに外界の恐ろしさを語り、家の敷地内にいれば安心だと、子どもたちに刷り込みます。
しかし、皆が成長するにつれ、家族の在りようが少しずつ変わってきます。それはまるで、蟻の一穴から強固な堤防が崩れるかのように…。

ヨルゴス・ランティモス監督と言えば、23年に『哀れなるものたち』が、アカデミー賞の主演女優賞を始め、4部門に輝いたのも記憶に新しいところ。
あの作品は、自ら命を絶った女性が、天才外科医の手によって、自らの胎児の脳を移植され蘇生。体は大人、脳は新生児という人間の姿を描いたもの。思いもつかないような設定に、世界が驚かされましたが、この『籠の中の乙女』がその原点とも言われてる作品です。
共通するテーマは“支配と服従、自我の目覚め”。
縮んだバネが大きく飛び跳ねるように、抑圧された好奇心が、思いもよらぬ方向へと跳ね上がります。
4Kレストア版。R+18です。ホラーと言ってもいいぐらいの、独特な世界に触れてみて下さい。★3つ。
『籠の中の乙女』公式サイト


『雪子a.k.a.』は、ラップ好きの小学校教師を描いたヒューマンドラマ。

雪子は29歳の小学校教師。
担任のクラスを持ち、結婚も秒読み段階の彼氏もいます。
趣味はラップ。MCサマーを名乗り、同僚には内緒で、週末にはラッパーの集会にも参加。ラップの腕は未熟ですが、嫌なことを忘れられる大切な時間でもありました。
クラスの中には、問題を抱えている児童もいます。モンスターペアレンツもいます。恋人からはラップを辞めてほしいと言われます。何より、ラップのスキルが上がりません。
何にも自信が持てず、不安ばかりで泣き崩れる雪子。
それでも気づけば、周りには雪子を応援する素敵な仲間がいたのです…。

33歳の若い監督が作った映画。脚本も草場尚也監督が手掛けています。
雪子は、いい先生、いいラッパー、いい彼女になろうとする。でも、何ひとつうまくいかない。一生懸命頑張っているのに。
それでも雪子は、雪子のやり方を貫く勇気を手にします。与えてくれたのは、友人、仕事仲間、父親、そしてラップでした。自分自身を投影する人が、きっといる。そんな映画だと思います。
ただ、雪子のラップは、言葉をリズムに乗せるだけのレベル。敢えてそういう演出にしたんだと思いますが、正直、そこが食い足りなかったかな。
オールドスクールと呼ばれた時代のHIP HOPを聴いてきたオジサンの感想です(笑)。★3つ。
『雪子a.k.a.』公式サイト


『嗤う蟲』は、村八分がテーマのスリラー映画。

杏奈と輝道は、都会に暮らしていた若い夫婦。
イラストレーターとして働く杏奈は田舎暮らしに憧れ、脱サラした輝道と共に、麻宮村という山奥の村に移住します。
早速、自治会長の田久保千豊の家に挨拶に行くと、田久保は妻のよしこと共に、笑顔で歓迎してくれました。
隣人の三橋剛には妻の椿がいます。しかし、椿は心に病を抱えているよう。
あっという間に数日が経ち、村人たちとの交流も深まるにつれ、感じることがありました。
「何か変だ」。
あまりにお節介で、人の生活にずけずけ入ってくるし、何より自治会長が“絶対”なのです。
村人と距離を置きたいと思う杏奈と、村での生活のためには上手く付き合わないとという輝道。ふたりの間にも亀裂が入ります。
輝道が田久保から仕事の依頼を受けます。断りきれない輝道。その仕事には、麻宮村の恐ろしい“掟”ともいえる、裏の顔が隠されていたのです…。
タイトルは“わらうむし”と読みます。

日本全国の村で起きた村八分事件と、実際にあったいくつかの村の“掟”を集めて物語を構築したとか。全部が全部ではありませんが、確かにあってもおかしくないのかなぁという印象です。
人は無いものねだり。
都会のマンションでは、隣人の素性を何も知らないなんてことが当たり前で、人と関わってみたいと思うかもしれないけど、いざ田舎暮らしを始めたら、人との関わりが鬱陶しく感じるなんてことはあるはず。
よく言う、「怖いのはお化けや幽霊じゃない。人間だ」というのを思い起こさせる1本です。★3つ。
『嗤う蟲』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.1.16
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』★★★★★
『アンデッド 愛しき者の不在』★★★
『君の忘れ方』★★★
『ストップモーション』★★★
『その街のこども 劇場版』★★★
『港に灯がともる』★★★
(満点は★★★★★)

今から30年前の1月17日に、阪神淡路大震災が起きました。
今週紹介する映画の中にも、関連する作品が2本あります。
念に記す。それが記念日。または祈念日。
忘れることのないように。これもまた映画の役割かもしれません。
さぁ、今週は6本です。

『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』は、ドナルド・トランプ氏の若き日々を描いた映画。

1946年、ニューヨーク市に生まれたドナルド・トランプ。
父ブレッドは不動産業を営んでいましたが、ドナルドが大学を卒業し、父の会社に入社した頃、会社は倒産の危機に瀕していました。
そんな中、アメリカの大物たちが集う、会員制高級クラブのメンバーに最年少でなると、彼の運命を変える出会いが待っていたのです。
それは悪名高き弁護士、ロイ・コーン。
ロイはドナルドを気に入ったようで、ドナルドの会社が抱える問題をロイに依頼すると、裏の手を使ってトランプ側を勝訴に持っていったのです。
そしてロイはドナルドに言います。「金はいらない。その代わり友情で返してくれ」と。
アメリカのためなら何でもするというロイがドナルドに叩き込んだ、勝つための3つのルールがありました。
「攻撃、攻撃、攻撃」
「非を絶対に認めるな」
「勝利を主張し続けろ」
こうして、“怪物”とも呼ばれる男が育っていったのです…。

アプレンティスとは“見習い”の意味。
フィクションとはいえ、掲げているのはリアル・ストーリー。トランプ大統領の“メイキング”ですから、驚愕の内容と言えます。
予告動画に「トランプが上映阻止に動いた問題作」とありますが、そりゃそうでしょう。
実在の、存命の、それも大統領に返り咲く人の半生を描いた映画ですから、「大丈夫?」と心配になってしまいます。
トランプ氏がスローガンとして使ってきた“Make America Great Again”も、初めはロナルド・レーガン大統領が選挙で使った言葉なんですね。知りませんでした。
この映画の何パーセントがリアルなのかはわかりませんが、いやいや相当際どいですョ(笑)。
もちろん中身を100%信じてはいけませんが、トランプ大統領がこれから数年間は君臨するのですから。我々日本人には観ておく必要があると思います。満点!★5つ。
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』公式サイト


『アンデッド 愛しき者の不在』は、北欧ホラー。

ノルウェーの首都、オスロ。
そこに暮らすアナは、最愛の幼い息子エリアスを亡くしたばかり。
祖父のマーラーが心配して、娘の家を訪ねますが、哀しみを隠すことができずにいました。
マーラーがエリアスの墓参りに行っていた時のことです。オスロの街全体が、原因不明の停電となり、マーラーは墓の中から奇妙な音を聞くんですね。
慌てて掘り起こすと、死んだはずのエリアスの目が開いているではありませんか。車に乗せ、家へと運ぶマーラー。
同じ頃、別の家では、長年連れ添った大切なパートナーだったエリザベートを失ったトーラのもとに、エリザベートが帰ってきていたのです。
さらにもうひとつ、別の場所でも奇跡のような出来事が。息子キアンの誕生日目前に自動車事故で亡くなった母エヴァ。遺体安置所に置かれた彼女の心臓が動き始めたと、医師が夫ダヴィッドに告げたのです。
一体、何が起こっているというのでしょうか…。

ノルウェー、スウェーデン、ギリシャの合作映画。原作はスウェーデンの作家、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの人気小説です。
北欧と言えば白夜のイメージですが、全体を覆うのは、まさにそんなトーン。大切な存在が甦るのはうれしいけれど、燦々と陽の光が降り注ぐような喜びではなく、どこか仄暗く。その先に待つ終焉へと繋がっていきます。
死者が甦るのですから、ゾンビ映画なんですが、“美麗”とか“静謐”とか、およそゾンビには似つかわしくない形容の文字が並びます。
ホラー映画のファンでなくても、気になるという方は、是非劇場に!★3つ。
『アンデッド 愛しき者の不在』公式サイト


『君の忘れ方』は、喪失からの再生を描いたヒューマンドラマ。

ラジオの放送作家として働く昴は、フードコーディネーターの恋人・美紀と結婚を間近に控えていました。
ところが、突然の事故で、美紀が亡くなってしまったのです。
仕事も手につかず、呆然と日々を過ごしていた昴に、飛騨に暮らす母の洋子から帰ってこないかと声を掛けられます。実は、洋子も昴が幼い時、夫を亡くしていたんですね。
帰省し、母の元気な姿に、自分も頑張れるかもしれないと勇気をもらった昴は、地元でグリーフケアの会に入会します。
しかし、昴は、どうしても悲しみと上手く向き合うことができなかったのです…。

グリーフとは悲嘆のこと。大切な人を亡くし、悲しみから抜け出せずにいる人を少しでも救いたいというのがグリーフケアなんですね。
ネタバレだったらごめんなさい。実は立ち直ったかに見えた母も、未だに闇を抱えていることを昴は知ってしまいます。
ボクは恋人を亡くすなどの経験こそありませんが、離婚はあります。大切な人がいなくなる。完全に立ち直れているかと言えば…どうでしょう。もう20年にもなるのにね。
欠けたものを埋める“次”の存在が見つかるかどうか。
でもね、欠けたままで、無理やり埋めなくてもいいんじゃないかと、最近思うようになりました。昴くんに教えてあげたいです。★3つ。
『君の忘れ方』公式サイト


『ストップモーション』は、イギリスのサイコロジカル・ホラー。

人形の微妙な変化をコマ撮りにし、繋げて動画にするのが、ストップモーション・アニメ。エラの母スザンヌ・ブレイクは、その分野の巨匠として知られていました。
しかし、新作の制作途中で、スザンヌが病に倒れてしまいます。助手を務めていたエラが、母の跡を継いで作品を完成させようとするのですが、アイデアが浮かびません。
裕福な恋人のトムが、エラのために部屋を用意。そこをスタジオに撮影を再開すると、エラはひとりの少女と出会うんですね。
その少女はエラに斬新なアイデアを話します。次第に少女の世界へと引きずり込まれていくエラ。
エスカレートする設定に、エラの中の現実が、音を立てて崩れていくのでした…。

サイコロジカル・ホラーとは、いわゆる心理ホラー。
虚と実の境界が曖昧になり、エラの人格が崩壊していく様を、ストップモーション・アニメを介して描いています。
母スザンヌは娘のエラを“操り人形ちゃん”と呼び、自分では何もできないものとして扱ってきました。
劣等感とプライド。抜け出せない負の連鎖。
怖いのはお化けや悪魔じゃない、人間なんだということを、改めて思い知らされるような1本です。★3つ。
『ストップモーション』公式サイト


『その街のこども 劇場版』は、2010年1月17日に放送されたNHKのスペシャルドラマの劇場版、その再上映。

東京の建築設計事務所に勤める勇治は、出張で上司と広島に向かっていました。
ところが、勇治はひとりの女性を追いかけるように、なぜか新神戸の駅で新幹線を降りてしまったのです。
女性の名は美夏。エスカレーターを下りたところで、美夏は勇治に声を掛けます。「すみません。神戸の方ですか?」。
勇治が「はい」と答えると、「新神戸から三宮まで歩いてどれくらいかかりますか?」と。
勇治も美夏も、神戸の出身。でも、今はふたりともこの街を出てしまっています。
ひと悶着ありながらも、行動を共にし始めるふたり。聞けば美夏は、明日1月17日に東遊園地で行われる、阪神淡路大震災の「追悼のつどい」に参加しに来たとのこと。
震災から15年。幼い頃に被災した美夏は、とある理由で、ずっとこの街から逃げるように生きてきたのです。実は、勇治も同じでした。
真夜中に神戸の街を歩き続けるふたり。あの頃の思いを語りながら、歩みを進めるのでした…。

阪神淡路大震災から今年で30年。
ドラマの公開からは15年。劇場版の最初の公開は、2011年1月15日。その後、DVDなどにもなっているので、ご覧になっている方も多いかもしれませんね。
東日本大震災もそうでしたが、テレビのニュースでその映像を見た時、現実なのかと、目を疑いました。その感覚は、今でもハッキリと覚えています。
それなのに、同じ日本の中での出来事なのに、自身に温度差を感じませんでしたか?自分が被災しない限り、まるで自分事ではないような…。
こういう映画が折に触れて再上映されることの意義は大きいと感じます。
時の流れの早さと、対照的に止まったままの時間と。
ボクもそう、すみません、正直「わかる」とは言えません。それでも、思うこと、考えることが、地震大国日本に暮らすボクらには大切なんだと思います。★3つ。
*公式サイトはありません。


『港に灯がともる』は、神戸に暮らす在日韓国人3世の物語。

神戸市長田区。95年の阪神淡路大震災で被災し、多くの犠牲者を出した地域です。
かつてそこに暮らしていた金子家は在日コリアンの一家。次女として生まれた灯は、震災の記憶もなければ、在日としての自覚もあまりなかったのですが、父の一雄から事あるごとに家族の苦労話を押し付けられ、辟易としていたのです。
自分自身がわからなくなってしまった灯は、心の病を発症。高校卒業後に就職した職場も退職を余儀なくされてしまいます。
そんな時、姉の美悠が日本への帰化を持ち出したのですが…。

この映画も阪神淡路大震災から30年の節目に作られた1本。
在日韓国人3世の灯の、高校卒業からの12年間を描いたオリジナルストーリーです。
製作したミナトスタジオは、神戸を本拠地に2023年に立ち上げた、映像制作会社。「心の傷を癒すということ」を主眼に映画を作っているそうです。
その最初の作品となる今作は、入念に取材を重ね、ストーリーのベースを作ったとのこと。
安易に言葉を発することのできるテーマではありませんが、生きるのは大変で、でも大変だからこそ喜びもある。ツラいという感情を知っているから、優しさを受け入れることができる。そんなことを教えてくれるのではないでしょうか。
観終わった時、きっとタイトルが持つ意味に気づくと思います。★3つ。
『港に灯がともる』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.1.9
『FPU 若き勇者たち』★★★
『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』★★★★★
『サラリーマン金太郎【暁】編』★★★★
『シンペイ 歌こそすべて』★★★
(満点は★★★★★)

2025年が、本格的に動き出しましたね。
今年はどんな1年になるのか?どんな映画に出会えるのか?楽しみです!
さぁ、今週は4本です!

『FPU 若き勇者たち』は、中国のアクション映画。

中国の警察部隊であるFPU(Formed Police Unit)。政府軍と反政府組織が激しく対立しているアフリカの某国へ、国連平和維持部隊としての派遣が決まります。
戦いに行くのではなく、治安維持のためとはいえ、否応なしに、紛争に巻き込まれていくFPUのメンバーたち。
この国では、部族の大量虐殺があり、首謀者である反政府組織のリーダーは逮捕されているのですが、無実を訴えています。FPUに課せられた新たな任務は、奇跡的に生き残った村の家族を守ること。そして証人として裁判所へと出廷させること。
しかし、彼らを襲うのは、すさまじいまでの兵器で武装した反政府組織の軍隊だったのです…。

数々のヒット作を作ってきた、香港のアンドリュー・ラウが製作総指揮を務めたアクション映画。
爆破シーンも多く、お金もかかってるなという印象。それでもマーケットが大きな中国ですから、当たれば回収も困難ではないのでしょう。
おそらく、国内向けの意図もあるはずで、中国はこうして国際社会に貢献しているんですよというのをアピールする側面も?
犠牲が付きもののテーマだけに、つらいシーンもありますが、そこがまた英雄を英雄たらしめる要素です。自国で大ヒットも納得です。★3つ。
『FPU 若き勇者たち』公式サイト


『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』は、実話にインスパイアされて作られたフランス映画。

アンドレはパリのオークションハウス、スコッティーズで働くオークショニア。
研修中の若い女性、オロールを部下につけ、生き馬の目を抜くような世界を、強気に立ち回っていました。
そんなある日のこと、エゲルマンという女性弁護士から、アンドレに連絡が入ります。郊外に暮らすマルタンという青年の家から、エゴン・シーレの「ひまわり」が見つかったというのです。
マルタンは化学工場の夜勤工員。母と質素に二人暮らの家に、そんな名画があるはずもないと、最初は鼻にもかけなかったアンドレでしたが、今は仕事のパートナーとして信頼している目利きの元妻ベルティナとその絵を見に行って、愕然とします。間違いなく本物だったのです。
色めき立つアンドレ。
1枚の絵を巡って、そこから様々な人間ドラマが動き始めたのでした…。

「本作は実話に着想を得て作られた。登場人物の人間模様は創作である」と冒頭に出てきますが、登場人物のキャラや関係性もしっかり練られていて、フランス映画にしては珍しく?着地もしっかりと。よくできた脚本だと感じました。
アンドレの部下のオロールも謎めいていて、とある場面で、彼女の父親が娘に諭すように言うんですよ。「我慢と妥協と下方修正。それが人生だ」。フランスっぽいでしょ(笑)。
エゴン・シーレの「ひまわり」は、ナチスが退廃芸術として没収し、それが郊外の一軒家で人知れず保管されていたという事実があります。
その出来事にインスパイアされ、思いを巡らせ、人間の欲望と純粋さとを上手く対比して描いた1本。
面白かったです。今年最初の満点を付けたいと思います!★5つ。
『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』公式サイト


『サラリーマン金太郎【暁】編』は、人気漫画の実写映画化。その2部作の前編。

元暴走族の伝説のヘッドで、今は青森県大間町でマグロ漁師をしている矢島金太郎。
とはいえ、まったくマグロはかからず。そんな時、久々に大物の手応えが。獲物と格闘を続けている最中、1隻の船を見つけます。
よくよく見れば、人が手を振っているではありませんか。そう、遭難船です。
巨大マグロを諦め、助けに向かう金太郎。無事救助に成功すると、心からの感謝を伝える初老の男性。この人物、実は大手建設会社・ヤマト建設の会長、大和守之助でした。
お礼は何でもするという大和会長の言葉に、金太郎は、「じゃあ、あんたの会社に入れてくれ。サラリーマンってやつをやってみたいんだ」と言い放ったのです…。

本宮ひろ志原作の大ヒット漫画「サラリーマン金太郎」。
これまでにも実写化はされてきましたが、連載開始30年の節目に、【暁】編と【魁】編の2部作として復活。令和の日本に型破りな“新生”サラリーマン金太郎現る、というのがキャッチコピーのようです。
妻を亡くし、一粒種の幼い息子を連れて上京。サラリーマンの“サ”の字も知らない“金ちゃん”が、欲望渦巻く巨大企業の中で奮闘するさまが描かれています。
孤軍奮闘から共闘へ。
仲間が増えていくんですが、まぁ、とにかく女性にモテる(笑)。
公式サイトで、今のコンプライアンスについても触れてますが、ドラマ『不適切にもほどがある!』が2024年の流行語大賞になるぐらいですから、金ちゃんの破天荒さの中に、似たような面白さがあるのかもしれません。
とにかくわかりやすい。御老公の印籠にも似た的爽快感が心地いいはずです。
ちなみに【魁】編は2月7日公開。観たら後編が待ち遠しくなること、間違いなしです。★4つ。
『サラリーマン金太郎【暁】編』公式サイト


『シンペイ 歌こそすべて』は、大正・昭和の作曲家、中山晋平の伝記映画。

1887年、長野県に生まれた中山晋平は、長野師範学校を卒業。小学校の代用教員になるも、18歳でその職を辞すと、劇作家・島村抱月の書生として上京。東京音楽学校に入学します。
卒業後は東京の小学校で教員を務める傍ら、作曲活動を行い、さらに島村抱月の劇団・芸術座に参加。劇中歌として作った「カチューシャの唄」、「ゴンドラの唄」が大流行します。
そこから晋平は、歌謡曲、音頭、童謡などを数多く手掛け、日本を代表する作曲家へと成長していったのです…。

日本の流行歌の祖とも呼ばれる、中山晋平の生涯を描いた作品。
「シャボン玉」、「てるてる坊主」、「証城寺の狸囃子」、「東京音頭」、「船頭小唄」、「東京行進曲」など、その楽曲は、今も身近にたくさん存在します。
女手ひとつで育ててくれた母のために、大衆のために、また子どもたちのために…。わかりやすい曲が多いのも、そんな思いが根底にあったからでしょう。
苦労が絶えなかった若かりし頃、結婚、養子縁組など、多くの出会いに支えられた、65年の波乱の人生が描かれています。
主演は、映画初出演にして初主演の中村橋之介。FM NACK5のパーソナリティでもあります。
すべての年齢をひとりで演じた、その熱演に注目です。★3つ。
『シンペイ 歌こそすべて』公式サイト
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2025.1.2
『鹿の国』★★★★
(満点は★★★★★)

新年あけましておめでとうございます!
2024年は本の映画を観させて頂きました。例年と比べると、やや少なかったかなぁ。
それでも、何本かのいい作品に巡りあうことができました。
今年も、積極的に映画と向き合えればと思っています。このコラムも、引き続きのご愛読、よろしくお付き合い下さい。
さぁ、今週は1本です!

『鹿の国』は、信州・長野にある諏訪大社の御祭礼を追ったドキュメンタリー。

長野県諏訪市に在り、日本で最も古い神社のひとつとされる諏訪大社。
中世には75もあったという神事の中で、今でも謎に包まれたままの祭礼があります。それが“御室神事”です。
極寒の冬、御室と呼ばれる穴蔵の中で行われていた神事。学者と諏訪の人々が、その再現に挑みます。
その諏訪大社の祭礼の記録に、「鹿なくてハ御神事ハすへからす」という文言があるほど、諏訪大社と鹿との関係は深いよう。
4月の御頭祭では、神前にいくつもの鹿の生首が並び、猟師は鹿肉を献上します。
さらに、“鹿食免(かじきめん)”というお札があります。これは諏訪大社にしかないもので、獣肉を食べてもバチが当たらないというお札だそうです。
御室の中では、神様が大好きな歌や舞、豊作を祈る劇などが奉納され、大きな笑い声が上がります。それは、地上においても同様に、豊かで楽しい世界をもたらして下さいという祈り。そしてそれを、命が動き始める春に、御頭祭で改めて誓うのです。
鹿の角も、稲が伸び始める頃、同じように大きくなるといいます。自然の力を崇める諏訪の人々。その中心にあるのが、諏訪大社なんですね。
神々しくも、人の営みの根本を教えてくれるようなドキュメンタリー。もうひとつの初詣として、ご覧になってみてはいかがですか?★4つ。
『鹿の国』公式サイト