Pick Up Movie!……2024.10.9
『最後の乗客』★★★★
『BISHU 世界でいちばん優しい服』★★★
(満点は★★★★★)

今年8月に公開になった『侍タイムスリッパー』が、単館上映から上映館を拡大し、異例のロングヒットを続けています。
ボクも8月15日付のこのコラムで、満点の★5つを付けましたが、こういう面白い映画が注目を集め、どんどん拡がっていくのは、実に喜ばしいことだと思っています。
ボクの★の数は、あくまで個人の評価ですが、もし気になる映画評と出会えたなら、是非劇場に足を運んでみて下さい。
さぁ、今週は2本です!

『最後の乗客』は、55分のヒューマンミステリー。

東北の、とある小さな町の駅前。深夜のタクシーが、客待ちをしています。
そろそろ上がりという時、タクシードライバーの遠藤が、運転手仲間の竹ちゃんから妙な話を聞かされます。
「浜街道を流してるとさ、若い女子大生ぐらいの女の子がぽつんと立っててさ」。
「目的地に着いたら消えてるとか言うんだろ?」
「そう(笑)」。
笑ってお疲れさまの挨拶を交わし、遠藤は終電の客がいないのを確かめ、車を出します。すると、県道沿いで、手を挙げる若い女性が。車に乗せたものの、竹ちゃんの話が頭をよぎります。
バックミラーで後ろをチラチラ見ていると、目の前に女性が飛び出してきます。
ブレーキを踏み、間一髪のところで事故は免れましたが、女性は母親で幼い女の子を連れていたのです。
「とにかく病院へ」。
しかし、急ブレーキのせいか、車のエンジンがかかりません。
暗い夜道に、タクシードライバーと若い女性、そして1組の母子。
物語はここから始まるのでした…。

宮城県出身の堀江貴監督作品。いわゆる自主制作映画です。
海の波しぶきと共に標示される“あれから10年後”の文字。勘のいい方なら、すぐにテーマがわかるかと思います。
コンパクトにまとまったストーリーの中に、謎解きと驚きと、哀しみと感動と。世界が称賛したのも納得の1本です。
ボクはこのコラムで、よく海外の作品に、「自国の人には響き方が違うはず」と書きますが、この映画はまさに我々日本人の心に響く1本だと思います。
風化させてはいけない出来事です。★4つ。
『最後の乗客』公式サイト


『BISHU 世界でいちばん優しい服』は、家族愛と青春を描いたドラマ。

毛織物産地で有名な尾州地区。
高校生の史織には発達障害がありますが、性格は明るく、父の営む織物工場の機械の音が大好き。親友の真理子の支えもあって、史織は高校生活をエンジョイしていました。
史織は服をデザインすることが大好きで、そのデザイン画を見た真理子の薦めで学校のファッションコンクールに出すと、最優秀賞を受賞。
さらに真理子が見つけてきたのが、市のデザインコンクール。優勝賞金の300万円があれば、苦境にある父の織物工場を救えると史織は考えたのです。
しかし、父は頑として出場を許しません。それはもちろん、史織を心配してのこと。
そんな時、自分のブランドを立ち上げて上京していた、姉の布美が帰ってきたのです…。

尾州は、愛知県尾張西部エリアから岐阜県西濃エリアを指し、日本最大の毛織物産地として知られている地域。その尾州を舞台に、物語は繰り広げられます。
母を亡くした姉妹を、父は心配しています。特に障がいを持つ史織には、過保護なほどで。
史織の目覚まし時計は、父がスイッチを入れる工場の機織り機の、小気味いい音。ところが、史織の大好きな工場も、現実問題として経営は厳しく。父は工場を閉める決意をするんですね。
それを何とか止めたいという史織の気持ちを、姉の布美がサポートする。布美にも、抱えている問題はあるのに。
それぞれがいくつもの困難を越え、果たして史織のデザインは、賞を勝ち取ることができるのでしょうか…というお話。
史織の心が純粋なぶん、「頑張れっ」と声援を送りたくなるのですが、その声援が、観ている自分にも返ってくるような感覚になる作品。あたたかかったです。★3つ。
『BISHU 世界でいちばん優しい服』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.10.4
『アーネストに恋して』★★★★
『エストニアの聖なるカンフーマスター』★★★
『本を綴る』★★★★★
(満点は★★★★★)

10月になりました。
ようやく若干ですが、秋めいてきましたね。
ボクも今週は少し時間に余裕ができるので、10月公開作品を一気に観られればと思います。
とはいえ、時間は1日24時間。日に2、3本が限界ですよね…。
これは素晴らしいとウキウキしながら紹介できる、そんな素敵な作品と出会えますように!
さぁ、今週は3本です!

『アーネストに恋して』は、“松竹ブロードウェイシネマ”の1本。

シングルマザーのキャット。仕事として、ゲーム音楽を作っていますが、稼ぎはわずか。今も契約を打ち切られてしまい、家計は火の車。
ならばと登録したのが、出会い系サイト。すると、なぜか100年近く前に亡くなっている伝説の冒険家アーネスト・シャクルトンとネットが繋がったのです。
南極で船が難破。身動きが取れずにいたところ、キャットが自己紹介と共にUPした曲に勇気をもらったというのです。
キャットの家の冷蔵庫が開くと、アーネスト・シャクルトンが現れたではありませんか。
ふたりは力を合わせ、この難局を乗り切ろうとするのでした…。

素晴らしい舞台ですね。
ボクは解説等は読まずに試写に臨むので、これが舞台をそのまま映して映画にしたものだとは知らず、舞台みたいだなと思って見始めました(笑)。
ミュージカルなんですよ。それもふたり芝居ですから、ほぼ出ずっぱり。歌に芝居に、歌詞やセリフをよく覚えられるものだなと、一流の俳優さんに失礼を承知で書きますが、本当にびっくりします。感嘆と感動と。そこは満点でもいいくらい。
松竹ブロードウェイシネマは、NYブロードウェイの舞台を映画館で上映するもの。松竹は同様に、歌舞伎を映画にしたりもしているので、それのブロードウェイ版といったところでしょうか。詳しくは、公式サイトをご覧になってみて下さい。
実在の冒険家を使った台本も秀逸。
満点にしなかったのは、舞台を生で観たくなったから。
このシリーズ、いい試みだと思いますョ。★4つ。
『アーネストに恋して』公式サイト


『エストニアの聖なるカンフーマスター』は、北ヨーロッパのエストニアを舞台にした映画。

ポップカルチャーが禁じられていた、ソビエト連邦占領下のエストニア。
国境警備隊の隊員だったラファエルが任務に就いていると、皮ジャン姿で、ラジカセからメタルを流して宙を舞う、3人のカンフーの達人たちが現れます。
一瞬にして倒される警備隊員たち。奇跡的に助かったラファエルは、彼らに憧れ、ブラック・サバスとカンフー浸りの日々を送るようになります。
しかし、付け焼き刃のカンフーが通用するはずもありません。
そんなラファエルがたまたま通りかかったのが、山奥にある修道院。そこでは僧侶たちが、カンフーの修練をしているではありませんか。
ラファエルは修道士として、入門を懇願するのですが…。

エストニアは、1918年にロシア帝国から一度独立したのですが、44年に再びソビエト連邦に占領され、91年に独立を回復した国です。
時代背景を考えて、映像はレトロ。確かにアクが強いし、誰かの評にあったように、合わない人にはまったく合わないでしょう。でも、こうもありました。「好きな人は100回観るだろう」と。そんな映画です。
ラファエルは、リタという女性が好きで、振り向いてほしいのに、修道士になったら恋愛はご法度。その矛盾はどう解決するのか(笑)。さらに権力争いも絡んでくる。結局人間は欲のかたまりなんだなぁと改めて。
100回じゃなくても、1度は観てみる価値はあると思いますョ。★3つ。
『エストニアの聖なるカンフーマスター』公式サイト


『本を綴る』は、篠原哲雄監督最新作。

一ノ関哲弘は小説家。
代表作となるベストセラー作品があるにもかかわらず、ある理由から、小説が書けなくなっていたのです。
今の仕事は、書評を書くこと。加えて、全国の書店を巡りながら、残したい本屋さんをコラムで紹介していました。
ある日、森の中にある古書店を訪れた哲弘は、1冊の本に挟まれた、出しそびれたのであろう一通の古い手紙を見つけます。
この手紙を届けなくてはと感じた哲弘は、宛名の住所を訪ねるのですが…。

東京の本屋さんが8割も消えてしまったという事実。
それを受けて、東京都書店商業組合が、2021年にYouTubeチャンネルを開設。この動画に携わった篠原哲雄監督が、本屋を題材にしたドラマを作りたいと申し出て、YouTubeドラマ『本を贈る』を制作。
この映画は、その続編という位置付けになります。
哲弘が全国の書店を巡るロードムービー。行く先々で出会う人との関わり合いや、本が繋ぐ“偶然”が、哲弘の心を溶かしていきます。
ひとりの作家の挫折と再生の物語でもあります。
確かに、ネットで本を買うのも簡単だし楽ですが、よく聞くのは、買いたいものとは別の本との出会いが書店にはあり、それが自分の運命を変えてくれたなんてこともあると。
この映画を観て、たまには本屋さんに足を運んでみようかなと思ってくれる人が増えるといいですね。
公式サイトには、上記のYouTubeドラマ『本を贈る』などのリンクも貼ってあります。興味のある方は是非!
あったかい映画でした。満点!★5つ。
『本を綴る』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.9.26
『西湖畔(せいこはん)に生きる』★★★
『ふれる』★★★
(満点は★★★★★)

9月も最終週。おかげさまで忙しく、なんだかあっと言う間の1ヶ月でした。
実は10月公開の試写を、まだ1本も観られていなくて…。
かなり焦ってます(笑)。
さぁ、今週は2本です!

『西湖畔(せいこはん)に生きる』は、中国映画。

抗州、西湖のほとりに暮らす、母のタイホアと息子のムーリェン。
父が蒸発して10年。タイホアはムーリェンを育てるために、茶畑で茶摘みの仕事に勤しんでいます。
ところが、社長のチェンと恋仲になったことを社長の母に咎められ、タイホアは仕事をクビになってしまうんですね。
途方に暮れていた時、同僚に紹介されたのが、何にでも効くという足裏シートを売るバタフライ社でした。
実はこのバタフライ社が行っていたのは、マルチ商法。説明会で洗脳されたタイホアは一攫千金を信じて、どんどんと金をつぎ込んでいきます。
そんな母を目覚めさせようとするムーリェンでしたが、彼女は聞く耳を持ちません。
ムーリェンは、母のために意を決し、ある大胆な行動に出るのでした…。

タイトルや公式サイトの写真から、自然豊かで、のどかな土地に暮らす中国の人々の物語かと思っていたら、まったく違いました。写真もよくよく見ると、下のほうには輪になって寝そべる人々の姿が。そのコントラストこそが、この映画の趣旨のようです。
これが2作目となるグー・シャオガン監督は、前作で映像の美学、山水画の哲学を追求した、“山水映画”を確立したと。それを一般的な商業映画のテーマにも応用できないかと考え、犯罪というジャンルに挑戦したそうです。
木々やお茶の緑を湛える山を天とするならば、犯罪に染まる人間の愚かさは地獄であると。掛け軸の如く、上から下へ、下から上へと視線を動かす映画だということのようです。
中国ならではのスケールの大きな自然と、ちっぽけな人間の浅はかな欲と。その対比に唸らされると思います。
もちろん、親子の情愛にも…です。★3つ。
『西湖畔(せいこはん)に生きる』公式サイト


『ふれる』は、ト書きのみで作ったという60分の映画。

美咲は小学4年生の女の子。
父の和仁と姉の美和との3人暮らしですが、そこに母の姿はありません。実は、母を数年前に亡くしていたのです。
食卓に母の箸とお皿を並べようとする美咲に、父の表情は曇ります。
優しく諭す美和。美咲はそれを理解しながらも、母のことが忘れられずにいたのです。
そんなある日のこと、父がひとりの女性を家に連れてきます。美咲は、いつかこの人が新しいお母さんになるんだろうと、頭ではわかっていたのですが…。

“ト書き”とは、台本に書かれているセリフ以外の部分のこと。つまり、情景の説明や、配役の動きの指示などの表記の部分を指します。
高田恭輔監督は、セリフを決めずに、俳優たちと話し合いながら作品を組み立てていったと言います。
子どもから大人へと成長する過程で母を亡くした美咲のセリフは、美咲役の鈴木唯が感じた言葉でもある。そこにある種のリアリティを求めた、実験的映画なのかもしれません。
60分という尺も好感が持てる長さだと思います。
この作品は、第45回ぴあフィルムフェスティバル2023で、準グランプリを受賞しています。★3つ。
『ふれる』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.9.20
『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』★★★
『ファウンダーズデイ 殺戮選挙』★★
(満点は★★★★★)

9月とは思えない暑さが続いていますが、週半ばからは少し秋めいてくるとか。
芸術の秋、食欲の秋…。
折々で五感を刺激する、日本の四季がなくなりそうで怖いです。
さぁ、今週は2本です!

『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、ドキュメンタリー。

天才ファッションデザイナー、ジョン・ガリアーノ。
1960年、ジブラルタルに生まれ、6歳でロンドンに移住。
名門デザイン学校を首席で卒業すると、その卒業制作が高い評価を得、いきなりロンドンコレクションでデビュー。
95年にはジバンシィのデザイナーとして、翌96年にはクリスチャン・ディオールのデザイナーに大抜擢。フランスのオートクチュールに、イギリスのデザイナーが就任したのは初めてのことでした。
独創的で、唯一無二のデザインを生み出す彼の仕事は、まさに天才の技。ブランドの業績はぐんぐんと上がり、ガリアーノの名声は高まるばかりだったのですが、事件が起こります。
2011年2月、パリのカフェで、隣に座ったカップルに暴言を吐いたのです。それも反ユダヤ的差別発言を。
警察に拘束され、裁判で有罪判決を受けたことで、クリスチャン・ディオールを解雇されてしまいます。
映画では、それまでの輝かしいキャリアと、なぜ暴言を吐くに至ったのか、当時と今の心境と、その後の仕事についてが描かれています。
決して言い訳にはなりませんが、年に32回ものショーを抱え、心身が崩壊寸前だった日々。アルコールに頼っていかざるを得なかった毎日。
そんな彼を、例えばアフリカ系アメリカ人で初めてVOGUEのクリエイティブ・ディレクターを務めたアンドレ・レオン・タリーが、モデルのケイト・モス、ナオミ・キャンベルが、俳優のペネロペ・クルスが、「この才能を潰させてはいけない」と、ジョン・ガリアーノの復活に支援の手を差し伸べるんですね。
被害者の声も録っていて、彼らがいまだに苦しんでいる様子に心が痛みます。
美談では済まないドキュメンタリーです。映画としては素晴らしいデキですが、★の数が決して多くない理由は、そこにあると思って下さい。★3つ。
『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』公式サイト


『ファウンダーズデイ 殺戮選挙』は、スラッシャーホラー。

週末に300周年という節目の創立記念日を控えた、フェアウッドというアメリカ・ニューイングランドにある長閑な町。
フェアウッドのもうひとつの関心は町長選で、現職のブレアと、対抗馬のフォークナーの一騎討ち。五分五分の情勢に、町は二分されていたのです。
フォークナーにはふたりの子どもがいます。姉のメリッサと弟のアダムです。ブレアにもリリーという娘がいて、みんな同じ高校に通っていました。
メリッサにはアリソンという女性の恋人がいます。そのことをよく思わないフォークナー。
一方で、リリーはアダムに思いを寄せていますが、ある事情から、アダムはそれを受け入れてはいませんでした。
ある晩のこと、メリッサとアリソンが、恋人同士に人気の橋を訪れ会話をしていると、仮面を被った謎の人物がメリッサを襲い、彼女をメッタ刺しにすると、橋の上から川に投げ落としたのです。
この事件を契機に、フェアウッドの町では連続殺人が起こるようになったのです…。

不気味な仮面を被った殺人鬼による惨劇を描いた映画は、スラッシャーホラーのひとつのジャンルとして確立しているようです。
小さな町で起こった残忍な事件。身近な人が次々と殺される恐怖。
犯人は誰なのか、動機はなんなのか。
もちろん、それは劇中できちんと明かされますが、この手の映画はその部分の説得力が命じゃないかと思うんですよね。つじつまこそ合えど、残念ながら「そうだったのか…」と唸らされるものがなかったように感じてしまいました。
アメリカの大統領選が激しさを増し、日本でも政党の代表戦が加熱する今、公開のタイミングとしてはいいのかもしれませんね。★2つ。
『ファウンダーズデイ 殺戮選挙』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.9.12
『シサム』★★★
『たとえ嵐が来ないとしても』★★★
(満点は★★★★★)

松山千春さんのラジオ番組でピンチヒッターを務めることになり、08年の千春さんの自伝的映画『旅立ち〜足寄より』をチェック。真っ先に、自分のこのコラムのバックナンバーを見ました。
残しておくって大切だなぁと改めて。このコラムは、ボク自身の備忘録でもあります。
さぁ、今週は2本です!

『シサム』は、アイヌの人々と和人との関係を描いた歴史ドラマ。

江戸時代前期、北海道南西部に位置する渡島半島に領地を持つ松前藩は、アイヌ民族との交易で財政をまかなっていました。
本州以南に暮らす人間を和人(シサム)と呼び、松前藩の土地は、和人地と呼ばれる一部のみに限られていたのです。
ところが、和人はより多くの領地と富を求め、アイヌの人々の暮らしを脅かすようになるんですね。
その頃、アイヌの交易品を他藩に売る仕事をしていた松前藩士の高坂孝二郎は、兄・栄之助と共に、初めて蝦夷地に入ります。
しかし、深夜に栄之助が、使用人・善助の怪しい行動を発見。問い詰められた善助は、栄之助を刺し殺してしまったのです。
蝦夷地の奥深くへ逃げる善助を追う孝二郎。発見したものの、返り討ちにあってしまうんですね。
深手を負って倒れていた孝二郎を助けてくれたのは、アイヌの人たちだったのです…。

まず、タイトルの『シサム』ですが、ムは小文字の表記が正式。ただ、変換ができないので、大文字にしてあります。
アイヌの言葉は口承で、カタカナ表記にした時、母音以外でも小さく書くことがあります。
以前、北海道白老町のウポポイ(民族共生象徴空間)に行った時のボクのブログ(2020年7月20日付)に、そのあたりのことが書いてあります。興味のある方は、是非読んでみて下さい。
孝二郎を助けたアイヌの人たちは、自然を崇拝し、ただただ生活をしている。そこに和人がやってきて、悪行のみならず、自然のサイクルをも壊すような行為をする。そのことに怒りを覚えていたんですね。
孝二郎は、松前藩士としての立場と、アイヌの人々との間で、心が揺れていきます。
人はなぜ憎しみ合わなければいけないのか。世界中で紛争が多発している今だからこそ、観ておきたい1本と言えそうです。★3つ。
『シサム』公式サイト


『たとえ嵐が来ないとしても』は、フィリピン映画。

2013年11月、観測史上最大の勢力を持った台風ハイエンが、フィリピンを襲います。中心気圧895hPa、最大風速65m/s。
レイテ島にあるタクロバンも被害は甚大で、町は壊滅状態。ミゲルは母親のノーマと、恋人のアンドレアを探して、町中を歩き廻ります。
なんとか二人に会えたミゲルは、タクロバンを出て、大都会であるマニラに行こうと言うのですが、別居中の夫にいまだ未練があるノーマは町を出ようとはしませんでした。
しかし、再び嵐が来るとの災害放送が町に響きます。軍の船がマニラに向けて出航することを知り、港に行こうとするのですが、パニックになる人々で、なかなか辿り着けません。
そんな中、ミゲルはまたしてもノーマと、アンドレアとも、はぐれてしまったのです…。

死者、行方不明者の数は8000人を超えた2013年の台風30号。中心気圧が900を切る台風って…。想像もつきません。
映画はサスペンス・スリラーではなく、ヒューマンドラマ。
パニック、デマ、暴力、宗教への異常な依存など、人々が取る行動は常軌を逸脱します。
ただ、公式サイトにあったのですが、若いミゲルとアンドレアは、将来の見えない田舎の町を出たかったんだと。まさに、“たとえ嵐が来ないとしても”です。
自国の人には、災害の痛ましい記憶と共に、貧困を抱える“今”も心に刺さるのでしょう。
つい先日も台風11号(ヤギ)が猛威を奮い、東南アジアの国々は大きな被害に遭ったようで、ニュース映像では、フィリピンのマニラも洪水で水が溢れ、人々は腰のあたりまで水浸しになっていました。地球が悲鳴をあげています。
いいことではありませんが、タイムリーな公開時期になってしまいましたね。お見舞いの気持ちも込めて。★3つ。
『たとえ嵐が来ないとしても』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.9.5
『チャイコフスキーの妻』★★★
『とりつくしま』★★★
(満点は★★★★★)

9月になりました。
残暑厳しきとは言いながら、日が短くなったことを感じる今日この頃。感性も、徐々に“秋仕様”に変わっていくのかもしれませんね。
さぁ、今週は2本です!

『チャイコフスキーの妻』は、偉大なる作曲家とその妻を描いた伝記映画。

19世紀後半の帝政ロシア。
天才と謳われた作曲家のピョートル・チャイコフスキーを、ホームパーティーで初めて見た地方貴族の娘アントニーナは、チャイコフスキーに一目惚れ。音楽学校に通いたいと、彼を紹介してもらいますが、チャイコフスキーは素っ気なく。
それでもモスクワに向かったアントニーナは、熱烈な恋文を何通も綴っては、チャイコフスキーに求婚を続けます。
実はチャイコフスキーは同性愛者。それを隠すためのカムフラージュとして、また持参金も魅力で、アントニーナとの結婚を承諾しますが、生活はすぐに破綻してしまいます。
二度と顔を見たくないというチャイコフスキーに対し、彼はまだ私を愛しているというアントニーナ。その溝は大きくなっていくばかりなのでした…。

実話に肉付けをして作られたというストーリー。
同性愛が許されず、女性の権利もまだあまり認められていなかった時代。
いわば、タブーとタブーのぶつかり合いのような恋物語。
今なら、さらにストーカー禁止法に引っ掛かってきそう…(苦笑)。
キャッチコピーが上手いんですョ。“旋律から戦慄へ”。
いやいや、純粋な愛じゃないかと見る向きもあるかもしれませんが、あなたはどう感じるでしょう?
実際には、ペテルブルグに逃げるように去っていったチャイコフスキーと、モスクワに残されたアントニーナは、二度と会うことはなかったそうです。★3つ。
『チャイコフスキーの妻』公式サイト


『とりつくしま』は、ちょっと不思議なヒューマンドラマ。

気付くとそこは、学校の教室のような場所。
椅子に腰掛け、目の前に座る優しそうな女性の言葉に耳を傾けます。
「あなたは即死でした。」
キョトンとするも、自分の死を受け入れると、女性は言います。
「ここは“とりつくしま課”。物になって、もう一度、この世を体験することができるんです。」
遺してきた大切な人のそばで、その人生を眺めることができる。
人びとは、それぞれに身近な何かを選択するのでした…。

原作は、東かほり監督の母である東直子の小説。11篇の中から4篇を選び、それを膨らませて映画化したそうです。
ゆえに、オムニバスになっていて、「トリケラトプス」「あおいの」「レンズ」「ロージン」の4話で構成されています。
自分が亡くなったあとに、例えば恋人なら、新たな恋も始まるでしょう。それを見るのがツラい人は、「このまま天に上がります」と言うんじゃないかな。ボクなんか絶対そっちのタイプです(笑)。
逆に、最近大事な人を亡くした人には、故人が近くにいてくれる感覚が、たまらなくうれしいかも。家に帰ったら、縁のある品を抱きしめることでしょうね。
あったかいスピリチュアル系の1本。とりつくしま課の女性に小泉今日子。さすがの存在感でした。★3つ。
『とりつくしま』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.8.30
『ACIDE アシッド』★★
『aespa: MY First page』★★★★★
『エルダリー 覚醒』★★
『ボストン1947』★★★★★
(満点は★★★★★)

8月最後の週、日本列島は台風の脅威に晒されています。
被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。
夏休み最後の楽しみがキャンセルになってしまった人も、多いんじゃないでしょうか。
外出が危険だから、映画館へとは言いづらいですが、おうちで映画を観るなど、何かで娯楽を補填できますように。
さぁ、今週は4本です!

『ACIDE アシッド』は、フランスのサバイバル・スリラー。

世界中が異常気象に覆われる中、南米に現れた不気味な雲から降る雨が、あらゆるものを溶かしてしまう酸性雨であると、ニュースが報じています。
フランスまでは影響が及ばないだろうと、たかをくくっていたのですが、悪夢は現実のものになります。
離婚したミシャルとエリースの間には、娘のセルマがいます。酸性雨の危険を知り、寄宿学校にセルマを迎えに行こうとしますが、そのことですら口論になるミシャルとエリース。
その頃、セルマは乗馬で森の中。そこに雨が降ってきます。地面が音を立て、煙を上げる酸性雨。泣き叫ぶセルマを何とか救ったミシャルとエリースでしたが、フランス中がパニックに陥っています。
移動が叶うのは、雲がない時間だけ。果たして、彼らは酸性雨から逃れることができるのでしょうか…。

異常気象に警鐘を鳴らす1本。
ただ、観ていて一番感じたのは、悪いほうのフランス人の個人主義が全開だったってことかなぁ。
生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから、エゴが全面に出るのがリアリティかもしれないけど、この手の映画に救いがあるとしたら、それは人の優しさというか、利他の心じゃないですか。まったくないとは言いませんョ。でも、かなり欠如してるんですよねぇ。
結末も、着地という意味では、今ひとつ。
辛口ですみません。あくまで個人の感想です。スリラー好きのあなたの目で、是非ジャッジしてみて下さい。★2つ。
『ACIDE アシッド』公式サイト


『aespa: MY First page』は、世界的人気K‐POPアイドルグループのドキュメンタリー。

韓国の4人組多国籍女性アイドルグループ、aespa(エスパ)。
メンバーは、韓国人のウィンター、カリナ、日本人のジゼル、中国人のニンニン。
東方神起、少女時代、SUPER JUNIORらを擁する、SMエンタテインメント所属のガールズグループです。
コロナ禍の2020年11月に、シングル「Black Mamba」でデビューすると、ミュージックビデオは2ヶ月弱で再生回数が1億回を突破。本人稼働ができない中での快挙となりました。
その後の躍進は、さらに目を見張るものがあり、21年にはアメリカに進出。その人気は世界をマーケットに、爆発的に広がっていきます。
そんな彼女たちの、デビューからの830日を記録したのが、この映画。
数字はすさまじくても、実態としてのファンを見ていないから、その人気が本物なのかがわからない。初めてのライブがオンラインで、観衆の前でパフォーマンスを披露したことがないから、初のステージが不安になるなど、メンバーの不安や苦悩までをも記録した、貴重な映像になっています。
しかし、スーパースターは違いますね。メジャーリーガーの大谷翔平選手しかり、生きるすべてをそのことに懸けてますもんね。24時間、そのことだけを考えて生きているような。
プロフェッショナルであることは当たり前。さらにその上のステージに上がる人って、他人とは違う“何か”を絶対に持っていて、そこに想像を絶する努力が乗る。
ボクが凡人の域を脱しない理由がわかります(笑)。
若いのに、すさまじい人生です。ボクのような年齢の人間にとっても刺激になるし、勉強にもなります。
あ、若い人や、aespaのファンの皆さんは、難しいことを考えず、4人の魅力に没頭して下さいね(笑)。
尊敬の念を込めて。満点!★5つ。
『aespa: MY First page』公式サイト


『エルダリー 覚醒』は、スペインの“老人ホラー”。

スペインのマドリード。
その夏は、気温が異常なまでに上昇し、記録的な猛暑になっていました。
マヌエルとロサは、二人暮らしの老夫婦。ところが、マヌエルが寝ている間にロサが窓から飛び降りて、亡くなってしまうんですね。
ショックが大きかったのか、様子がおかしくなったマヌエルに、息子のマリオは同居を提案。再婚した妻と、孫のナイアと暮らし始めるのですが、マヌエルの奇行はますますエスカレート。遂には殺意を剥き出しにしてきます。
しかし、これはマヌエルに限ったことではありませんでした。
街が最高気温に達した時、マドリード中の老人が何かに憑りつかれたかのように、一斉に蜂起したのです…。

“老人ホラー”というジャンルがあるんですね。言われてみれば確かに…といった感じです。
本来なら、力も弱く、守ってあげるべき存在の老人が、考えられないほどのパワーで牙を剥く。そこには独特の怖さがあります。
この映画は、何が老人たちを狂気に導いたのかを明らかにしていませんが、何かが聞こえるようで。
“地球温暖化×高齢化社会”?訴えかけたいことがあったのか、それとも?
ホラー映画マニアの分析が知りたいところです。★2つ。
『エルダリー 覚醒』公式サイト


『ボストン1947』は、韓国映画。

1936年のベルリンオリンピック。
日本はマラソンで世界新記録を叩き出し、金メダルと銅メダルを獲得。しかし、表彰台に上がったのは、韓国人のソン・ギジョンとナム・スンニョン。当時、日本の植民地下にあった韓国では、日本人名でのオリンピック参加を強要され、掲げられた国旗も日の丸だったのです。
太平洋戦争が終わり、韓国は独立を果たしますが、ギジョンの心は荒んだまま。それでも韓国国民は、彼を祖国の英雄だと誇りに思っていました。
一方のスンニョンは、学生を相手にした、マラソンのコーチに。
すると、ソン・ギジョンの名を冠したマラソン大会で、とんでもない逸材を発見します。彼の名はソ・ユンボク。
スンニョンは、荒削りな原石であるユンボクをスカウトしますが、お金にならないことはしないと拒まれてしまうんですね。
しかし、スンニョンは見つけます。自分たちを取り戻す場所を。それが1947年に控えし、ボストンマラソンでした。
そのためにはユンボクの才能と、ギジョンの協力が欠かせなかったのですが…。

閉幕したパリオリンピックや、始まったばかりのパリパラリンピックで頑張る選手の姿を見ていると、“国の代表”という意識が間違いなく大きいなと。
それだけに、1947年のボストンマラソンは、ソン・ギジョンとナム・スンニョンのふたりにはもちろん、ソ・ユンボクにとって、また韓国国民にとっても、ものすごく意義のある大会だったはず。
しかし、事はそう簡単には運びません。走る以前から、彼らの前に再びの障壁が現れるんですね。
でも、諦めないんですよ。マラソンと一緒なのかもしれません。
日本の過ちに心が痛くもなりますが、スポーツが人々に与える感動が、余すことなく描かれた映画です。
オリパラの夏。公開になるには、実にタイムリーな1本だと思います。満点!★5つ。
『ボストン1947』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.8.23
『アクション・ミュタンテ4K』★★
(満点は★★★★★)

昭和歌謡に再び脚光が当たっているように、映画でも旧き良き作品のリバイバル上映が増えています。
今週ご紹介するのも、そんな作品です。
さぁ、今週は1本です!

『アクション・ミュタンテ4K』は、1993年にスペインで製作されたSFアクション・コメディ。

美しさだけが是とされていた近未来。
見た目の悪さや、身体的ハンデキャップを揶揄され、社会に復讐をと結成されたのが、テロリスト集団“アクション・ミュタンテ”。
組織を率いるボスはラモンという男。刑務所から釈放されたラモンは、早速、手下と悪だくみ。大富豪オルホの娘、パトリシアを誘拐し、身代金を要求しようとします。
パトリシアは結婚パーティの真っ最中。スタッフに扮して紛れ込んだ一味は、客を皆殺しにし、パトリシアの誘拐に成功します。
ところが、身代金を巡って、メンバーの間で内紛が勃発。皆が皆を疑いの目で見るようになり、遂には殺し合いに発展してしまったのです…。

1993年に自国で公開の翌年、日本でも公開となった作品の4K版。
“スペインの異才”と呼ばれたアレックス・デ・ラ・イグレシアの長編デビュー作です。
前回の日本公開時、邦題は『ハイルミュタンテ! 電撃のXX作戦』だったとか。
この手のブラックユーモアが、好きな人には刺さるのかもしれませんが、個人的にはちょっと…。
それでも、カルト的な評判や玄人筋の評価は高いみたいです。
まずは、公式サイトを訪れてみて下さい。興味のある人は是非!★2つ。
『アクション・ミュタンテ4K』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.8.15
『エア・ロック 海底緊急避難所』★★★
『侍タイムスリッパー』★★★★★
『ニューノーマル』★★★★
(満点は★★★★★)

子どもの頃は楽しかった夏休み。始まった当初は「長いなぁ」と思っていたのに、残り半分を過ぎると、進む時間が早く感じられませんでしたか?
これは、おそらく「まだ…ある」から「もう…ない」に変わるから。
暑かった夏もあと少し。残された8月を充実した時間にしたいですねっ。
さぁ、今週は3本です!

『エア・ロック 海底緊急避難所』は、イギリスのシチュエーション・スリラー。

エヴァは州知事の娘。恋人のジェドと友人のカイルとの3人で、メキシコのカボへと、卒業旅行に出かけます。
ところが、父の言いつけで、ボディガードのブランドンも同行することに。これには不満たらたらのジェド。なだめるエヴァ。
エヴァは空港で何かを必死に探している少女と出会います。10歳のローザです。落としてしまった大事なテディベアをエヴァが見つけ、ローザのもとに届けます。
聞けば、カボへは祖父母との旅行だと言います。
無事に離陸した旅客機でしたが、途中でエンジンが鳥を巻き込んで発火。爆発した破片で機体に穴が開き、旅客機は海中へと落下してしまいます。
岩盤に引っ掛かる形で止まった機体。前方は海水に浸り、生き残ったのは、エヴァ、ジェド、カイルとブランドン、ローザと祖母のマーディ、そしてCAのダニーロだけ。
ブランドンは言います。後方のエア・ロックという小部屋だけが、海水から逃れることのできる空間だと。そこで救助を待つしかないと。
しかし、酸素にも限りがあります。
さらに彼らを襲う恐怖。それは、人食いザメの存在でした…。

「高度2万フィートから底なしの深海へ!」
これが、この映画のキャッチコピーです。
加えて、人食いザメですから。広義のサメ映画にもなるんでしょうね。
シチュエーション・スリラーというのは、密室的状況で繰り広げられるサバイバルストーリーのこと。希望と絶望の差異も、空から海底に落ちるぐらいの幅がありました。
エヴァが州知事の娘だからこそ、万能なボディガードが同行する。ローザの祖父母はイラク戦争に従軍していて、マーディが軍の看護師だったことなど、きちんと伏線は敷かれていました。
それでも、生き残るのは誰か?予測不能のサバイバル劇。ハラハラしながら、ご覧下さい。★3つ。
『エア・ロック 海底緊急避難所』公式サイト


『侍タイムスリッパー』は、SF時代劇コメディ。

時は幕末。
会津藩士の高坂新左衛門は、長州藩士の山形彦九郎を討てとの命を受け、京の町で相対することに。
すると、ふたりの刀に雷が落ちるんですね。
高坂が気付くと、そこは見知らぬ世界。
それでも景色は確かに江戸の町。
町娘の危機を、心配無用乃介なる侍が助けようとしていたところに出くわし、「助太刀いたす!」と刀を抜く高坂に、「はい、カット!」の声。丸めた台本で頭を叩かれ、高坂はキョトン。
そう、高坂がいたのは現代の京都。それも時代劇の撮影所だったのです。
どうしたものかと途方にくれていた高坂を救ったのは、西経寺の住職と、助監督の優子でした。記憶喪失だと思われていた高坂は、寺に住み込みで世話になることに。また、所作の確かさを買われ、時代劇の斬られ役としての仕事を得たのです。
そんなある日のこと。大作時代劇映画に、準主役で出ないかという話が高坂に舞い込んできたのです…。

面白かったです!
タイムスリップものにありがちな矛盾を感じることなく、物語に没頭することができました。
そりゃ、重箱の隅をつつけばあるのでしょうが、それがまったく気にならなかったのは、脚本が秀逸だったということなのでしょう。
高坂は女性に不器用ですから、優子への恋心も、どこか微笑ましく。
書きたいけど、ネタバレになるから書けないことが山ほどあります。劇場で楽しんで下さい。
テレビから時代劇が消えつつある今、時代劇への愛が伝わってきました。
いやぁ、失くしちゃいけませんって、時代劇。
正義と人情の物語。自分のことしか考えない人が溢れている現代社会。世のため、人のためと行動する登場人物に感動し、何度泣かされたことか。いいですよね、時代劇!
この映画はインディペンデント作品です。いわゆる単館もの。全国に広がっていくといいなぁと切に祈ります!満点!★5つ。
『侍タイムスリッパー』公式サイト


『ニューノーマル』は、韓国の新感覚スリラー。

高級マンションでひとり暮らしをしているヒョンジョン。
ある日のこと、彼女のもとに、火災報知器の点検だと、男が訪ねてきます。
扉を開けるのを躊躇するヒョンジョン。なぜなら、今、ソウルでは女性ばかりを狙った連続殺人事件が起きていたから。
「この部屋で最後なのに…」と駄々をこねられ、仕方なく男を中に入れます。
ところが、男のあまりに傍若無人な振る舞いに、身の危険を感じた彼女は、防犯用のスタンガンを隠し持つんですね。
プライベートなスペースにまで踏み入る男。
するとついに、男が豹変したのです…。

“Kホラーの巨匠”と呼ばれる、チョン・ボムシク監督の最新作。
あらすじを読んでも、なんの目新しさも感じないと思いますが、この映画、5つのchapterからなり、数日間に起きる男女6人の奇妙な絡み合いを描いていて、ヒョンジョンの出来事も序の序。ここから、いくつもの驚くような展開が待っています。ネタバレ厳禁とあったので、敢えてほとんど書かなかったと思って下さい(笑)。
儒教の国・韓国らしいテーマや、今のスマホ社会の危険が浮き彫りにされていたりと、現代人の生活に密着したツールで描かれたスリラー。
ちなみに、ヒョンジョン役は『冬のソナタ』で日本でも大ブームになったチェ・ジウ。映画出演は2016年以来だそうです。
“運命の出会い”という言葉は、いいほうでばかり捉えがちですが、もちろん逆のパターンもある。それが身近にいくつも転がっているんだよというのをスタイリッシュに教えてくれる、怖い1本です。★4つ。
『ニューノーマル』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.8.8
『風が吹くとき』★★★★
『デビルクイーン』★★★
(満点は★★★★★)

たくさんの試写の案内を頂き、注意はしているのですが、ごくごく稀に、見逃してしまうものがあります。
先週8月2日公開の『風が吹くとき』が、まさにそれで。タイムリミットのギリギリで、オンライン試写を観ることができました。
公開後の紹介になってしまいますが、ご了承下さい。
さぁ、今週は2本です!

『風が吹くとき』は、1986年製作の、イギリスの反戦アニメ。

子どもを育て上げ、夫婦ふたりきりで、イギリスの片田舎に暮らす、ジムとヒルダ。
ある日のこと、ラジオが新たな戦争について報じています。敵国がイギリスに、核爆弾を落とすと言うのです。
ジムは、政府が配るビラに書かれたとおり、家の中に簡易的な避難スペースを作ります。
すると、本当に核爆弾が炸裂。ふたりの家も大きな被害を受けますが、なんとか命は助かります。
しかし、本当の核の怖さはこれから。ジムもヒルダも、そのことを知らなかったのです…。

原作、脚本はイギリス人作家のレイモンド・ブリッグズ。監督は日系アメリカ人で、長崎の原爆で親戚を亡くしているジェームズ・T・ムラカミ。主題歌をデヴィッド・ボウイが歌います。
イギリス公開の翌87年に、日本でも公開されていて、日本語吹き替え版の監督は大島渚。ジムに森繁久彌、ヒルダに加藤治子。08年にも、デジタルリマスター版で公開になっています。
公式サイトを見てもらえばわかりますが、絵のタッチや、夫婦のおおらかなキャラクター、ぼくとつとしたしゃべり口調から、事の悲惨さが伝わらないのが、逆に恐ろしいというか…。徐々に人体を蝕んでいく、放射能の怖さが、静かに描かれています。
8月6日は広島の、9日は長崎の、原爆の日。再び、核爆弾が使われる危険性が最も高いと言われている昨今、この映画の再上映は必然なんだと感じます。
同じ過ちを繰り返すほど人類が愚かではないと、できることなら信じたいのですが…。★4つ。
『風が吹くとき』公式サイト


『デビルクイーン』は、1973年にブラジルで製作された映画の4Kレストア版。

麻薬の売買を始め、リオデジャネイロの裏社会を束ねる、ドラァグクイーンのデビルクイーン。
裏切り者には容赦なく制裁を加える“彼女”を、町のギャングたちは怖れていたのです。
お気に入りの手下が警察に捕まりそうだとの情報を聞くと、デビルクイーンは替え玉を用意しろと部下に命じます。
白羽の矢が立ったのは、人気のキャバレーシンガー、イザのヒモとして生計を立てていたベレコでした。
ところが、計画を遂行していく過程で、ギャングたちの不満に火が着き、デビルクイーンに反旗を翻したのです…。

半世紀以上前のブラジル映画です。
時代を先取りしていたかのような設定に驚かされますが、裏を返せば、我々はある意味、進歩していないんじゃないかと。
構成は大味ですが、注目すべきは、おそらくファッションではないでしょうか。
ワンシーン、ワンシーン、衣装が異なるイメージ。ドラァグクイーンが主役ですから、レトロなファッションながら、色使いは華やか。当時としては最先端だったのでしょう。
軍事政権下で作られたというのがまた…。世界中で、カルトな熱狂が巻き起こったというのも、どこか納得です。★3つ。
『デビルクイーン』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.8.2
『デューン 砂の惑星』★★★★★
『ナイトサイレン 呪縛』★★★
『幻の光』★★★★★
(満点は★★★★★)

8月になりました。
7月が暑すぎて、感覚的には「まだ8月になってなかったっけ?」という感じです。
ゲリラ豪雨に、落雷、竜巻…。アウトドアが厳しくなる昨今。今以上に、インドアの楽しみ方も工夫しないといけなくなるかもしれません。
さぁ、今週は3本です!

『デューン 砂の惑星』は、デビッド・リンチ監督による1984年のSF超大作の4Kリマスター版。

西暦10191年。
皇帝シャダム4世が宇宙を支配していた時代。その権力の源こそが、宇宙の瞬間移動に欠かせない香料メランジでしたが、それが採掘できるのは、宇宙でもただ1ヶ所。“デューン”と呼ばれる砂の惑星アラキスだったのです。
皇帝に、その地位を脅かす救世主がいるとの予言があり、それがアラキスに暮らす、皇帝のいとこのアトレイデス侯爵の息子ポールだとわかると、皇帝は侯爵と反目しているハルコネン男爵と手を組み、侯爵を失脚させるべく策略を練ります。
その結果、侯爵は無念の死を遂げ、父の復讐を誓うポールは、特殊な能力を持つ母ジェシカと共に、砂漠地帯へと身を隠します。
そこにはアラキスの原住民、青い瞳のフレーメンたちが住んでいたのです…。

“奇才”デビッド・リンチが、映像化は不可能と言われた原作小説を見事に映画化。日本では1985年に公開されていますが、お恥ずかしながら、ボクはそれを観てはいません。
驚いたのは、まったく古く感じないどころか、斬新さがいっぱいの映像美。40年前ですからね。映画の世界に、簡単に引き込まれてしまいました。
敵役ですが、ポリスのボーカル、スティングが出演。音楽をTOTOとブライアン・イーノが担当。80年代の洋楽ファンは、また違った意味で楽しめるはずです。
あっという間の137分でした。満点!★5つ。
『デューン 砂の惑星』公式サイト


『ナイトサイレン 呪縛』は、スロバキアとチェコのホラー映画。

人里離れた小さな村に暮らす、シャロータとタマラの姉妹。
母の虐待に耐えきれなくなったシャロータは、村から逃げ出すことを決意。ところが、シャロータを追ってきた妹を振り払おうとして、シャロータは意図せずタマラを崖から突き落としてしまったのです。
怖くなったシャロータは、そのまま村を離れます。
あれから20年。母が亡くなり、相続の手続きを済ませてほしいと役場から催促の手紙が届き、シャロータは久々に村に戻ります。
ところが、明らかにシャロータは歓迎されていませんでした。
なぜなら、シャロータの母は魔女で、シャロータはその血を受け継ぐ存在だと思われていたからです…。

ホラー映画というよりも、狭いコミュニティで起こりやすい、人間の思い込みの怖さが描かれている作品。
SNSでの根拠のない誹謗中傷が、まさに現代版の魔女狩りだとすれば、それを“リアル”な世界で展開させたのがこの映画かなと。
シャロータの母が、またシャロータ自身が魔女かどうかはわかりません。そこにホラー映画としての余地があります。
ただ、“オバケより人間のほうが怖い”というのを、まざまざと観客に突きつける。そんな1本だと思います。★3つ。
『ナイトサイレン 呪縛』公式サイト


『幻の光』は、1995年公開の是枝裕和監督の長編映画デビュー作。

ゆみ子は25歳。
工場で働く郁夫と結婚し、男の子にも恵まれ、慎ましやかながらも、幸せな日々を送っていました。
ところがです。ある日、突然、郁夫が自ら命を絶ってしまったのです。
遺書もなければ、予兆もなく。心当たりもまったくありません。
実は、ゆみ子には悲しい過去がありました。それは12歳の時、認知症の祖母の失踪を止めきれなかったのです。
大切な人が次々といなくなる、ゆみ子の半生。
郁夫の死から5年。ゆみ子は奥能登に暮らす、民雄という男性と再婚します。
民雄には女の子がいましたが、ゆみ子の息子とも実の姉弟のように仲が良く。ゆみ子も、民雄や地域の人たちと心を通わせながら暮らしていました。
ただ、郁夫の死が、完全に払拭できていたわけではありません。
「何故…」。
ゆみ子の中に、消えては浮かぶ疑問。
そんなゆみ子の心を、民雄は見透かしていたのです…。

是枝裕和監督の監督デビュー作。原作は宮本輝の同名小説です。
その作品が、29年振りにデジタルリマスターで再上映となります。
舞台は能登半島の石川県輪島市。今年1月1日の大震災を受け、この映画の収益から諸経費を除いた全額を、輪島市に寄付するそうです。
「輪島市協力がなければ、映画は完成していなかった」と言うように、当時の朝市や港などの、生き生きとした町の風景が残っています。
ゆみ子という女性の、喪失と再生の物語。一方で、民雄にとっても同じく再出発を決断した再婚なわけです。
子どもたちのはしゃぐ姿に、幸せが溢れてはいますが、棘は刺さったまま。その痛みが、時折り蘇るゆみ子。そんなゆみ子を見て、民雄もまた同じ痛みを感じていたのかもしれません。
多くの評が、温かいハッピーエンドだと言いますいますが、ボクにはラストシーンが意味深に思えて仕方ないのですが…。
考え過ぎでしょうか?
光も射せば、鉛色にもなる。ゆみ子の心模様が、能登の風景と重なって見えます。
生きるって、大変です。でも、大変な分、人は喜びを、幸せを感じられるんじゃないかなって思ってます。
チャリティー上映を応援する意味でも、満点を打ちたいです。★5つ!
『幻の光』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.7.25
『お隣さんはヒトラー?』★★★
『帰って来たドラゴン』★★★
『めくらやなぎと眠る女』★★★★
『流麻溝十五号』★★★
(満点は★★★★★)

暑い…。
暑過ぎます。
異常気象の“異常”の度合いが年々高まって、そのうちアウトドアのスポーツは出来なくなってしまうんじゃないかと。去年もゴルフなんかは、日程短縮を余儀なくされてましたもんね。
冷え冷えの映画館はいいですョ。暑さを我慢せずに是非!
さぁ、今週は4本です!

『お隣さんはヒトラー?』は、イスラエルとポーランドの合作コメディ。

第2次世界大戦終結から15年。
ホロコーストで家族全員を失った老人のポルスキーは、南米コロンビアの郊外でひっそりと暮らしていました。
ある日のことです。隣りの家に、ひとりのドイツ人男性が引っ越してきます。驚いたことに、ヘルツォークという名のその男は、あのアドルフ・ヒトラーにそっくりではありませんか。
ユダヤ人団体にヒトラーがいると言っても、死んだはずだと相手にされず。ならば自分で証拠を掴むまでと、ポルスキーはカメラを購入し、ヘルツォークに近づこうとするのですが…。

舞台は1960年のコロンビア。ヒトラーには南米逃亡説というのがあって、それを基にストーリーを作ったそう。
ヘルツォークの正体がどうであれ、ポルスキーも、ヘルツォークも、いわばどちらも孤独な老人なわけです。そこにペーソスがある。
テーマは重いのですが、そこに笑いを持ってくるところにも、同様の哀愁がある。
人情噺と言えないこともない作品。日本人にも受け入れられる“何か”があるように感じます。★3つ。
『お隣さんはヒトラー?』公式サイト


『帰って来たドラゴン』は、1974年の香港映画の2Kリマスター版。

悪を凝らしめながら、旅を続けるドラゴン。
ある日のこと、道端で盗賊に襲われて困っているふたりの男を助けようとしたのですが、実はこのふたりこそが盗賊。マウスとキャットは、ドラゴンから持ち荷を奪おうとします。
しかし、ドラゴンはカンフーの腕が違い過ぎました。あっという間にやられてしまったマウスとキャットは、ドラゴンに弟子入り。旅の同伴者になります。
向かった先は、金沙村。イム・クンホーという男が支配する、無法地帯の村です。
ドラゴンたちは隠密調査の役人になりすまし、悪事で稼いだイムの金を巻き上げようとします。
すると、まもなくこの村に、チベットの秘宝“シルバー・パール”が届くと言うではありませんか。
運んでくるのは、殺人空手の達人ブラック・ジャガー。
同じ頃、伝説の女格闘家イーグルも、金沙村に現れます。彼女もまた、この秘宝を狙っていたのでした…。

日本人アクション俳優として、香港で大人気だった倉田保昭。彼の日本凱旋50周年を記念して、現代によみがえった作品です。
1970年代初頭といえば、ブルース・リーが日本でも大ブーム。ボクも金具屋さんで太めのチェーンを買い、左右に新聞紙を巻き付け、黒のビニールテープでぐるぐる巻きにして、ヌンチャクを作り、「アチャ〜ッ」なんてやってました(笑)。懐かしい…。
この作品でも、倉田保昭はドラゴンではなく、ブラック・ジャガーの役。悪役です。でも、敵役が強くないと、この手の話は盛り上がりませんから。
78歳の今も俳優業を続けている倉田保昭。去年、今年と撮った15分の短編、『夢物語』と『夢物語その2』が同時上映されます。
とにかく、終盤の約20分がすごい!ドラゴンvsジャガーの、果てしない死闘に注目です。★3つ。
『帰って来たドラゴン』公式サイト


『めくらやなぎと眠る女』は、村上春樹の短編小説を題材にした、海外4ヶ国の合作アニメーション。

東日本大震災から5日後の東京。
信用金庫に勤める小村には妻のキョウコがいたのですが、短い書き置きを残し、突然、家を出ていってしまいます。
同僚の片桐が帰宅すると、2メートルもある巨大な“かえるくん”がいて、次の地震を起こす巨大なミミズを倒すべく、一緒に戦ってほしいと言うのです。
小村がもうひとりの同僚の佐々木に妻の失踪を話すと、休暇を取って北海道に行ってこないかと言われます。北海道に住む妹に小箱を届けてくれれば、旅費は持つというのですが…。

村上春樹作品、初のアニメ映画化。それも、外国人監督によって制作されたというところが興味深いですよね。
「かえるくん、東京を救う」、「バースデイ・ガール」、「かいつぶり」、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」、「UFOが釧路に降りる」、「めくらやなぎと、眠る女」。この6つの短編小説を再構築。たゆたうような感覚が全編を通して流れる中で、それでも志を持って、あるいは期せずして、人生の再出発を果たす主人公たちの物語。
お恥ずかしながら、ボクは村上春樹作品は「ノルウェイの森」を読んだぐらいで。それもあまりよくわからなかったという、ぼんやりとした記憶しかありません。
世界中にファンの多い、日本を代表する作家ですから、“村上マニア”の感想が知りたいところです。
不思議な脱力感と浮遊感。個人的には好きでした。★4つ。
『めくらやなぎと眠る女』公式サイト


『流麻溝十五号』は、台湾映画。

太平洋戦争が終わり、中国共産党との戦いに敗れ、台湾に渡った蒋介石ら中華民国政府。
当時は政治的弾圧が強く、ささいな行動でもスパイ容疑がかけられ、政治犯として収監された時代。
台湾の南東に位置する緑島には、そんな政治犯を収容し、再教育を施す場としての監獄があり、女性たちは流麻溝十五号と呼ばれる建物に集められていたのです。
17歳の高校生、杏子もそのひとり。他にも、妹をかばって捕らえられたダンサーや、幼い子どものいる看護師もいました。
中には、自分の無実を叫び続け、心を病んでしまう女性もいました。
目の前の1日を生き抜くためだけに、彼女たちは歯を食いしばるのでした…。

舞台は1953年の台湾。実在した人物を、3人の女性に重ねて描いたといいます。
“民主化=自由になること”と、無条件に思いがちですが、異なる思想の黎明期には、弾圧がついてくる。共産主義と民主主義においても、逆ベクトルが存在するということです。
ボクらが今、幸せを存分に享受しているのは、先人の労苦と犠牲があったから。
国は違えど、そのことを忘れてはいけないと、改めて思わせてくれました。★3つ。
『流麻溝十五号』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.7.19
『越境者たち』★★★
『怨泊 ONPAKU』★★★
『怪談晩餐』★★★
(満点は★★★★★)

梅雨が明け、本格的な夏がやってきます。
そんな季節を象徴するかのように、今週は2本がホラー、1本がサスペンススリラーです。たっぷりと、胆を冷やして下さい(笑)。
さぁ、今週は3本です!

『越境者たち』は、フランスのサスペンススリラー。

事故で妻を亡くし、心の傷を癒やすことができずにいたサミュエル。
妻との思い出が残るアルプスの山小屋でひとり過ごしたいと、娘を友人に預け、サミュエルは別荘に向かいます。
そこは国境を越えた、イタリアの豪雪地帯。扉を開け、まだ妻の面影が残る部屋を回っていると、人の気配が。隠れていたのは、ひとりのアフガニスタン人女性でした。
彼女の名はチェレー。国境を越えて、フランスの難民施設に行こうとしていましたが、単独で雪山を越えるのは至難の業。チェレーはサミュエルに道案内を依頼しますが、面倒事に巻き込まれるのはごめんと、サミュエルはそれを拒みます。
それでも、独り進もうとするチェレーを見捨てるわけにはいかず、結局、サポートを買って出るサミュエル。
ところが、私設警察のような若者3人が、難民を排除せよと、銃を持って執拗に追ってきます。
サミュエルは、無事チェレーに国境を越えさせることができるのでしょうか…。

移民、難民の問題は、欧米では常に存在する大きな課題。四方を海に囲まれた日本では、正直、なかなか切実に感じることができない問題でもあります。
受け入れに寛容な国には、逆に不寛容な人がいるのも事実で、その拒否感の度合いは高まるのかもしれません。
この映画も、我々日本人が観るより、隣国と国境を接した国々の人が観たほうが、感じるものが大きいのではないでしょうか。
どこぞの大統領が「日本人は外国人が嫌い」と発言して物議を醸し出していましたが、時代は変わっています。ボクらもこういう映画から学んでおくことがあるのではと考えずにはいられません。★3つ。
『越境者たち』公式サイト


『怨泊 ONPAKU』は、香港ホラー。

香港の不動産会社でCEOを務めるサラは、投機用の土地を求め、東京を訪れます。
東京の不動産会社の担当は、偶然にも、疎遠になっていた弟のショーンでした。
サラは担当替えを望みますが、交渉に必要な言語をすべて話せるのは自分だけだと、仕方なくショーンと行動を共にすることにします。
ところが、悪いことに、外国の要人の来日が重なり、宿泊先のホテルが取れなくなってしまうんですね。
ショーンが勧めたのは、昼に内見した古めかしい一軒家。あそこは老女が民泊をやっていると言うのです。
気が進まぬまま、サラはその家に泊まることに。
しかし、そこは、サラにとって因縁と怨念の空間だったのです…。

香港産のホラーですが、監督・脚本は、日本人の藤井秀剛。東京を舞台に、めくるめく恐怖が描かれていきます。
確かに、インバウンドで外国人がたくさん訪日。不動産もどんどん買われ、宿泊施設が足りず、民泊も多く利用されている現在。設定やテーマは、まさに今ですよね。
リアリティとまでは言わなくても、そんな身近感があり、そこに恐怖が倍増する要素があるのかもしれません。
因縁と怨念。知らず知らずのうちに、何者かに導かれているとしたら…。怖いです。★3つ。
『怨泊 ONPAKU』公式サイト


『怪談晩餐』は、韓国のオムニバスホラー。

「ディンドンチャレンジ」
女子高生のボラ、ヨンビ、ヘユルは、ダンス・ユニットを組む仲良し3人組。
それぞれに悩みを持つ3人が、ある動画サイトを知ります。それは、動画の女性に合わせて奇怪なダンスを踊ると、夢が叶うというものなのですが…。

「四足獣」
女子高生のユギュンは、学業優秀な姉と違って、勉強が苦手。母親の厳しい指導に限界が来ていました。
そんな時、道で出会った何者かがユギュンに囁くのです。「願いを叶えたければ、四本足の生き物を殺せ」と…。

「ジャックポット」
ギャンブル依存性のジノは、カジノでジャックポットを引き当てます。
大金を手にしたジノがタクシーに乗ると、荒天を理由に「この先へは行けない」と、とあるモーテルの前でジノを降ろします。そこでジノが通された307号室は、曰く付きの部屋だったのです…。

「入居者専用ジム」
高級マンションにある、24時間利用可能なスポーツジム。ところが、ある事故をきっかけに、深夜の利用が禁止されたのです。
ルールを守らない居住者に降りかかる、恐ろしい出来事とは…。

「リハビリ」
消防士のジヨンは、任務中に大怪我を負ってしまいます。
意識が戻ると、そこは無機質なリハビリ施設のベッドの上。スピーカーからは、過酷な指示が響きます。
時間内に達成できなければ、脳死状態に陥ると。ジヨンは不自由な体を懸命に動かすのですが…。

「モッパン」
人気大食い系YouTuberのもぐもぐ。以前、新進気鋭のライバル、ユラの動画をフェイクだろうと揶揄。家に呼んで対決したところ、体調の悪かったユラは失態を犯してしまいます。
そのユラがまた配信を始めたと知り、もぐもぐは再びのフードファイトを提案したのです…。

スマホ用の縦読みコミック、ウェブトゥーン。韓国で人気のサイトがカカオウェブトゥーン。そこで連載されていたホラー漫画を、5人の監督が実写映画化。6本のオムニバスにしたのが、この作品です。
簡単にあらすじを書きましたが、題材がまさに“今”ですよね。そのあたりが、若者を中心に人気を得た理由なのかもしれません。
短編映画はテンポと着地点が重要。そんな意味でも、この6本はよくできていたと思います。★3つ。
『怪談晩餐』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.7.5
『郷愁鉄路 台湾、こころの旅』★★★
『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』★★★
『方舟にのって イエスの方舟45年目の真実』★★★
『フェラーリ』★★★
(満点は★★★★★)

7月になりました。
2024年も折り返し点を過ぎたことになります。
6月の試写の本数は、わずかに5本。半年で63本しか観られていません。
これは例年の約2/3。後半で巻き返すべく、時間の使い方を工夫しないと。
さぁ、今週は4本です!

『郷愁鉄路 台湾、こころの旅』は、台湾の鉄道ドキュメンタリー。

台湾の南の下を西から東へ、ぐるっと回って走る南廻線。
1985年7月に開業し、延伸工事を重ね、全線開通になったのが1992年10月。台湾鉄路公司が所有、運営する単線の鉄道です。
特筆すべきはその景色。山を抜け、海沿いを走り、素晴らしい車窓からの眺めが楽しめます。
しかし、工事は難航を極めました。全長97.15キロのうち、トンネル区間が38.9キロ。多くの犠牲も伴っての開通でした。
また、2020年に全線が電化され、ディーゼル列車やSLといった風情ある車両が走らなくなってしまうと。そこで、台湾ドキュメンタリー映画のシャオ・ジュイジェン監督が、4年の歳月をかけて南廻線の駅長、運転士、工事関係者、さらにファンを取材、撮影。それを1本にまとめたのがこの作品です。
鉄道好きは、日本だけじゃなく、世界各国にいるんですね。同じ趣味、趣向を持つ人なら、まさに国境を越えて楽しめると思いますョ。★3つ。
『郷愁鉄路 台湾、こころの旅』公式サイト


『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』は、実話に基づくストーリー。

第二次世界大戦中の1940年10月、イタリア海軍所属の潜水艦、コマンダンテ・カッペリーニが港を出ます。
地中海からジブラルタル海峡を抜けて、大西洋へ。作戦任務は、イギリス軍の海上物資輸送を断つことでした。
艦長はイタリア海軍で最も無謀と言われた、サルヴァトーレ・トーダロ少佐。しかし、艦内の士気は高く、みんな、海の男としての誇りと気概に満ち満ちていたのです。
そんな時、国籍不明の貨物船を発見。海上ルールに反していたため、撃沈したのですが、中立国ベルギーの貨物船、カバロ号だと判明。
九死に一生を得た乗組員たちが、救命ボートでコマンダンテ号に近づいてきます。敵国イギリスに物資を届けようとしたのかと問われると、黙り込む乗組員たち。「ファシストめ」と陰口を叩くものもいます。
狭い艦内、食料にも限りがある。中立国とは名ばかりかもしれない人間を収容するのは危険が大き過ぎます。
それでもサルヴァトーレ少佐は、彼らを安全な港まで運ぶ決断を下したのです…。

イタリア映画。史実に基づく物語です。
これまでの潜水艦ものと違い、戦闘シーンや艦内のパニック状況にどう対応するかが主ではなく、兵士個々の心理描写に重きを置いているのが特徴。いわゆる“心の声”も多く聞こえてきます。
潜水艦は、昼は敵から見えないよう、海に潜って航行するもの。それをせずに、堂々とイギリス海軍のいる海を通るコマンダンテ号。無防備航行の目的を、敵に伝えてはいるものの、攻撃してこないとは限りません。部下の命を危険にさらしかねない艦長の判断は、果たして正しかったのかという映画です。
戦争は狂気の沙汰。そんな中で、“人として”という言葉が何度も頭に浮かんでくる。そんな映画です。★3つ。
『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』公式サイト


『方舟にのって イエスの方舟45年目の真実』は、TBS制作のドキュメンタリー。

1980年、日本中を騒然とさせた「イエスの方舟」事件。
千石イエス(本名・千石剛賢)なる人物が、若い女性を集めて、彼女たちを洗脳、ハーレムのような共同生活を送るカルト教団、それが「イエスの方舟」だとマスコミが報じたのです。
東京の国分寺に拠点を置いていた「イエスの方舟」ですが、報道後は全国を転々とし、所在の発覚を防いでいました。しかし、千石イエスが持病の心臓病で救急搬送されると、警察、マスコミの知るところとなり、女性たちは家に帰されます。
千石剛賢は逮捕されるも不起訴となり、騒動は沈静化。女性たちから“おっちゃん”と呼ばれ、親しまれていた千石イエスは、2001年12月に死去。そのまま解散したかと思われていた「イエスの方舟」ですが、45年経った今も拠点を福岡に移し、共同生活を送っていたのです。
映画は、彼女たちに取材を敢行。「イエスの方舟」の真実に迫ります。
リアルタイムで事件を知っていたボクは、興味津々で、試写を観させてもらいました。
“正体”を決めつける描き方はしていませんが、宗教絡みの事件が多い昨今、宗教とは何か、カルトとは何か。線引きは?それを判断する目を、社会は、あなたは持っていますか?と問われている気がしました。
“真実”は、あなたが観て、そして判断してみて下さい。★3つ。
『方舟にのって イエスの方舟45年目の真実』公式サイト


『フェラーリ』は、イタリアの高級自動車メーカー・フェラーリの創始者、エンツォ・フェラーリの物語。

ドライバーとして活躍後の1947年、フェラーリ社を創設したエンツォ・フェラーリ。
妻のラウラはトリノの資産家の娘で、共同経営者として、エンツォの事業に多額の資金を援助していました。
ところが、1956年に愛息のディーノが、幼くして病気で亡くなると、夫婦の仲に亀裂が入ります。
エンツォは愛人であるリナとの二重生活を始め、ふたりの間に息子ピエロが誕生。そのことをラウラは知らずにいたのです。
エンツォの情熱とは裏腹に、フェラーリ社の業績は悪化。売却の話が現実味を帯びてきます。
悪いことはさらに重なり、エースドライバーが事故死。エンツォは窮地に追い込まれます。そんな時、エンツォが起死回生の一手に選んだのが、イタリア全土の1000マイルを舞台にした公道レース、ミッレミリアでした。
新たなドライバーと臨むこのレースに、エンツォはすべてを賭けるのですが…。

実在の人物の波乱の人生を描いた映画。
ちなみに、フェラーリ社の現副会長が、ピエロ・フェラーリです。
二重生活を隠して通していたエンツォですが、ある出来事からラウラの知るところとなる。家族の、また恋愛の物語としても、ハラハラドキドキの展開になっていきます。
それでもエンツォは、毎朝、ディーノと両親のお墓参りをしてから出社していたといいますから、周りのみんなを愛していたのでしょう。
時に冷徹に映る、稀代の経営者の素顔。フェラーリ好きやカーレースファンでなくても、スリリングに楽しめるはずです。★3つ。
『フェラーリ』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.6.21
『朽ちないサクラ』★★★★
『新・三茶のポルターガイスト』★★★
『フィリップ』★★★★
(満点は★★★★★)

6月も半ばを過ぎたのに、梅雨とは無縁の暑さが続きます。
ただ、こう湿度が高いと、それが原因で熱中症になる“梅雨型熱中症”というのがあるそうです。
涼を取りたくなったら、映画館へどうぞ。気持ちよく冷えてますョ(笑)。
さぁ、今週は3本です!

『朽ちないサクラ』は、柚月裕子の警察ミステリー小説の映画化。

愛知県警の電話がひっきりなしに鳴っています。
原因は、女子大生ストーカー殺人事件。被害者は、管轄の平井中央署に相談していたにもかかわらず、被害届の受理を先伸ばしにされ、その間にストーカー犯に殺されてしまったのです。
その先伸ばしの理由が、なんと署内の慰安旅行。
地元の米崎新聞がこのことをすっぱ抜き、世間の知るところとなり、抗議の電話が殺到。
愛知県警の広報課に勤める森口泉は、電話の応対におおわらわ。上司の富樫もなぜ米崎新聞だけがそのことを知ったのか、首を傾げるばかり。
しかし、泉には心当たりがなくはなかったのです。
というのも、警察学校時代の年下同期の磯川が、平井中央署に勤めており、磯川が泉にこのことをこぼし、それを泉が親友で米崎新聞に勤める津村千佳についもらしてしまったのです。
「大丈夫。絶対記事にはしないから。信じて」と約束した千佳でしたが、こうなってしまっては、千佳を疑うしかありません。
千佳を問い詰める泉。自身の潔白を証明しようと、独自に調査を始める千佳。
その1週間後のことでした。千佳が変死体で発見されたのです…。

「自分が千佳を信じていたら、千佳は死ななくてすんだかもしれない」。
泉は後悔と自責の念にかられます。
刑事でも警察官でもなく、一般職の泉が、親友の死を明らかにしようと動くのですが、その先に考えられないような警察の闇が待っているという…。面白かったです。
あらすじは、ほんの触りの部分。公式サイトの人物相関図を見てみて下さい。登場人物は他にもたくさんいて、警察と公安、カルト宗教など、様々な要因が複雑に絡みあっていきます。
泉は警察の暗部を知ったことで、あえて懐に飛び込もうと職を辞し、改めて警察官になることを決意します。その後の活躍が、続く小説『月下のサクラ』に書かれています。
映画もシリーズ化されるかもしれませんね。楽しみです。★4つ。
『朽ちないサクラ』公式サイト


『新・三茶のポルターガイスト』は、話題となった心霊ドキュメンタリー映画の続編。

東京・世田谷の三軒茶屋にある芸能プロダクション“ヨコザワ・プロダクション”。この芸能事務所が持つ「ヨコザワアクターズスタジオ」こそが、問題の場所。
ここでは、身も凍るような心霊現象が起きると言います。
それを映像でとらえたのが、昨年3月に公開になった『三茶のポルターガイスト』です。
しかし、奇怪な出来事はその後も続いていたということで、続編が作られました。
今回は東京工業大学の助教や超心理学者を交え、事の真偽を追求します。
1作目を観ていなかったのですが、予告編を見て「観たかったなぁ」と思っていたところに、続編の試写の案内が。ワクワクしながら観させてもらいました。
映像に写った心霊現象が本物かどうかは、あなた自身の目で確かめてみて下さい。
今年2月に亡くなった、叶井俊太郎さんの最後のプロデュース作品。弔意を込めて、★をひとつ増やしたいと思います。★3つ。
『新・三茶のポルターガイスト』公式サイト


『フィリップ』は、ポーランド人作家の自伝的小説の映画化。

ポーランドのワルシャワに暮らす、ポーランド系ユダヤ人のフィリップ。
恋人のサラとダンスの舞台に立ったところを、ナチスが急襲。アクシデントで舞台袖に引っ込んでいたフィリップ以外、家族もサラも、皆、銃殺されてしまいます。
2年後の1943年、故郷を捨て、ドイツのフランクフルトに居を移したフィリップは、自身をフランス人だと偽り、高級ホテルの外国人ウェイターとして働きます。
女性客の多くがナチスの上流婦人。夫は戦地に赴いており、孤独なマダムたちをフィリップは次々と誘惑し、肉体関係を持つこと。それがフィリップの“復讐”だったのです。
ところが、ある日のことです。プールサイドで知的美人のドイツ人女性と出会います。彼女の名はリザ。
「口説いて、娼婦にして、捨ててやる」。
親友のピエールにそう宣言して、リザに近づいたフィリップでしたが、彼女の純粋な心に触れたフィリップは、本物の愛に目覚めてしまうんですね。
しかし、戦火は拡大。過酷な運命に、ふたりは翻弄されるのでした…。

ポーランド人作家のレオポルド・ティルマンドが、自伝的小説として書いた「Filip」。
1961年に一度は出版されるも、すぐに発行禁止となり、それから60年。2022年にオリジナル版の出版が叶い、映画化もされました。
ユダヤ人であることを隠し、フランス人としてドイツで暮らすも、身分は“外国人”。外国人男性と恋愛関係になったドイツ人女性は髪を切られ、蔑まされることに。それゆえ、フィリップに弄ばれても、マダムたちは口外することができません。
逆に、ドイツ人女性と関係を持った外国人男性は死罪となり、フィリップの仲間たちも無惨に殺されていきます。
そんな中を“生き延びる”フィリップ。彼の心の中を想像するだけで、複雑な思いが駆け巡るはずです。特にリザとの間で下した決断は…。
実在の人物です。ラストシーンのその後が気になって仕方ありませんでした。★4つ。
『フィリップ』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.6.6
『あんのこと』★★★★
『風の奏の君へ』★★★
『プリンス ビューティフル・ストレンジ』★★★
(満点は★★★★★)

先週『天安門、恋人たち』のリバイバル上映を紹介した際、そこに書いた“ノンレストア”と“DCP化”。何のことだか、わからないですよね(笑)。ボクも調べました。
まず、ノンレストアですが、レストアが傷やノイズの除去、色補正を施すことなので、それをしないということ。
DCPはデジタルシネマパッケージの略。この作品では、35ミリプリントをデジタル化しての上映となります。
技術の進歩は享受しつつも、アナログな部分は残すイメージでしょうか。
さぁ、今週は3本です!

『あんのこと』は、実際に起きた事件に着想を得た作品。

香川杏は21歳。飲んだくれのホステスである母のDVを受けながら育ち、小学4年生で不登校に。12歳の時、母に言われて売春を始め、今では麻薬に溺れている始末。
そんな彼女が逮捕され、変わり者の刑事、多々羅と出会います。
親身になって杏の面倒を見てくれる多々羅に、杏は次第に心を開いていきます。
多々羅のそばには常に週刊誌記者の桐野がいて、刑事と記者という立場を超えた友情が横たわっているよう。
ところが、桐野が多々羅に接近したのには訳がありました。多々羅が薬物更正のための自助グループを私物化し、女性に関係を強要しているというタレコミがあったんですね。
母親から離れることに成功した杏。しかし、それも束の間、すぐに見つかってしまいます。
そんな時、日本中を襲ったのがコロナ禍でした。世間は分断され、杏の居場所は一瞬にして、断ち消えてしまったのです…。

2020年6月の新聞記事を見つけた入江悠監督が、脚本も手掛けた作品。
杏に、TBSの話題のドラマ『不適切にもほどがある!』の昭和の中学生・純子役で一躍脚光を浴びた河合優実。多々羅保には佐藤二朗。桐野達樹に稲垣吾朗が扮します。
重い話です。もちろん、すべてが実話ではないにしても、貧困と暴力がなくならないのも事実。なんとかできなかったのかと思うのは、“こちら側で”平和に生きている証拠なのかもしれませんね。
ひとり暮らしを始めた杏が、母親に見つかった時、実家に戻ったのは、同居する祖母の具合が悪いと懇願されたから。悪魔のような親でも、家族の縁は、悲しいかな、切れませんでした。
言ってみれば、多々羅にもふたつの顔がある。
「人間って…」と思ってしまいますが、自分だって、決して聖人君子じゃないわけで。
いろいろと考えさせられます。河合優実の代表作のひとつになりそうです。★4つ。
『あんのこと』公式サイト


『風の奏の君へ』は、岡山県の美作を舞台にしたラブストーリー。

お茶が名産の岡山県美作地方。
高校生の渓哉は、橋の上に立つ、美しいひとりの女性に目を奪われます。すると一陣の風が、彼女の帽子を飛ばしてしまいます。渓哉が手を伸ばすも届かず、川面に浮かぶ帽子。実はこの女性、東京から兄の淳也を訪ねてきた、恋人の里香だったのです。
淳也は東京の大学に通っている時に、ピアニストの里香と付き合っていて、実家の茶葉屋を継ぐことにした淳也は、里香との交際を断ち切ります。里香は納得ができずに、岡山までやってきたのですが、淳也の冷たい態度は変わりませんでした。
あれから2年。渓哉は高校を卒業しますが、浪人の身。何をするにも気合が入らず、だらだらと毎日を過ごしていました。
すると、里香が人気のピアニストとして、コンサートで美作を訪れます。
ところが、演奏中に倒れてしまうんですね。
客席にいた渓哉は里香を見舞います。そして、しばらく兄弟の実家での療養を勧めます。
里香はそれを受け入れるのですが、兄の淳也の態度は相変わらず。それでも里香が美作に残るのには、ある理由があったのです…。

里香に松下奈緒、渓哉に杉野遥亮、淳也にflumpoolの山村隆太。
お茶の名産地である美作は、大谷健太郎監督の出身地でもあるそうです。
兄弟でひとりの女性を好きになる。当の里香は兄のことを愛している。実家の茶葉屋を継ぐためにUターンしてきたアイデアマンの兄に対して、浪人中の弟。里香にも何か秘密がありそうで…。
立場や心のうちがそれぞれに複雑な3人の恋模様。でも、外から見えるものと、実像は、みんな少しずつ違う。そのあたりがドラマ性を高めている気がします。
多彩な才能を持つ“才色兼備”な松下奈緒。演技のみならず、ピアノ演奏、劇中曲の作曲、主題歌の歌唱と、「子供の頃からの好きなことを全部叶えて頂けた」とコメントしています。
タイトル通り、緑の風が吹き抜ける、そんな1本だと思います。★3つ。
『風の奏の君へ』公式サイト


『プリンス ビューティフル・ストレンジ』は、天才ミュージシャン、プリンスの生涯を追ったドキュメンタリー。

1958年6月7日、アメリカ、ミネソタ州ミネアポリスに生まれたプリンス。本名はプリンス・ロジャー・ネルソン。
父はジャズバンドのリーダー、母はシンガーという音楽一家に生まれたプリンスは、あらゆる楽器を独学でマスター。
その才能を開花させるきっかけになったのが、北ミネアポリスにあったブラックコミュニティ“ザ・ウェイ”の存在でした。
まだ黒人差別がはびこる時代。黒人の公民権運動が盛んに行われていたミネアポリスには、黒人の若者たちの学びのスペースがありました。
12歳から“ザ・ウェイ”に通い始めたというプリンス少年は、そこでバンドを組み、音楽の道に進むようになる。“ザ・ウェイ”は、まさに彼の原点なんですね。
その頃のプリンスを知る地元の仲間や、プリンスの楽曲「I Feel for You」のヒットで知られる、親友チャカ・カーンのインタビューなど、数々の証言から“天才ミュージシャン”の素顔を明らかにしていきます。
後にミネアポリス・ファンクというジャンルも確立し、黒人と白人の垣根を超えていったプリンス。2016年4月21日、57歳の若さで亡くなるまでに作った素晴らしい作品群と、数多くの偉業はサイト等で調べてみて下さい。
ボクは81年のアルバム『Controversy(邦題:戦慄の貴公子)』に収められたタイトル曲で、初めて彼を知りました。衝撃を受けたことは、言うまでもありません。知らない人は聴いてみて下さい。めちゃめちゃカッコいいダンスミュージックです。
今年3月に紹介した、リトル・リチャードの伝記映画『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』を観ると、確かにプリンスは、彼に多大な影響を受けているなと感じましたが、そこには触れられていませんでした。
“プリンスの”というより、“プリンスまわり”から固めていった伝記映画。
そんな意味では、俯瞰したからこそ見える、新たな発見があるかもしれません。ファンの方は是非!★3つ。
『プリンス ビューティフル・ストレンジ』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.5.31
『ユニコーン・ウォーズ』★★★
『FARANG ファラン』★★★★
(満点は★★★★★)

中国では06年に製作され、日本でも08年7月に公開となった話題作、映画『天安門、恋人たち』が、5月31日、ノンレストアDCP化でリバイバル上映されます。
中国では上映禁止になったロウ・イエ監督作品。
ボクの公式サイト(takehirohasegawa.com)の映画コラムをさかのぼってもらうと、08年7月23日の日付で、この作品を取り上げています。
当時のHPも残っていて、添付のURLから飛ぶことができます。今のものと見比べると、ちょっと面白いかも。
興味がある方は、よかったら覗いてみて下さい。
さぁ、今週は2本です!

『ユニコーン・ウォーズ』は、スペインのアニメーション作家によるダーク・ファンタジー。

テディベアのアスリンとゴルディは、双子の兄弟。共に軍に入ったばかりで、新兵としての訓練を受けていました。
彼らが暮らす“魔法の森”では、長きに渡って、ユニコーンとテディベアが戦い続けています。
そんなある日のこと、森の奥深くに進軍した先発隊が帰ってこなかったため、アスリンとゴルディたちは捜索隊を組むよう命じられ、森へと入っていきます。
しかし、そこにはユニコーン以外にも、危険な生物がたくさん生息していたのです。
見つけたのは先発隊の無惨な姿。同じ運命を辿れと言わんばかりに、アスリンとゴルディたちにも次々と悲劇が襲いかかります。
そして、遂には天敵ユニコーンの大群も現れたのです…。

スペインの奇才、アルベルト・バスケス監督の長編アニメ。
ファンタジックな色合いで、可愛いテディベアたちが躍動するアニメーションですが、内容は監督お得意のダーク・ファンタジー。
「最後のユニコーンの血を飲む者は、美しく永遠の存在になる」。
テディベアの聖書に書かれた言葉です。ユニコーンを滅ぼし、最後の1頭に辿り着けば、それは叶うわけで。
そんなイデオロギーのために、争いは起こるのです。まるで、どこかの国の指導者みたいでしょ?
予告編にも出てくる“分断と不寛容”の文字。可愛くも残酷なアニメーションで、皮肉たっぷりに、“今”を描いています。★3つ。
『FARANG ファラン』公式サイト


『FARANG ファラン』は、フランスの過激なバイオレンス・アクション。

フランスで悪事を働き、刑務所に収監されていたサミール。刑期を終え、まっとうに生きようとしますが、悪の組織がそうはさせてくれません。
執拗に追いかけてくるメンバーをあやまって殺してしまったサミールは、フランスを脱出。タイに渡ります。
タイではサムと名前を変え、現地で出会った妻のミアと娘のダラと幸せに暮らしていました。
ミアの夢は海辺の土地を買って、店を開くこと。ふたりで懸命に働き、なんとか目処が立ったのですが、直前になってより高値でその土地を買う男が現れたと。男の名はナロン。裏稼業の大物です。
ナロンはサムに言います。「仕事で空港に出入り出来るお前にチャンスをやる。ブツを通せ。一度きりでいい。そうしたら、あの土地はお前のものだ」と。
悩んだ末に実行するサム。しかし、計画は失敗に終わります。
残忍なナロンがそれを許すはずがなく、手下がサムの家を襲撃。ミアは殺され、ダラは連れ去られてしまったのです…。

サム=サミールは、過去を隠して生きてはいますが、格闘家としてムエタイの試合に出ては八百長をしたり、とにかくミアの夢のために金を稼ごうと必死でした。
そのため、焦りが生じて、再び悪事に手を染めたのが大きな間違いで。ミアは殺され、ダラの生死はわからないまま。
瀕死の状態から甦ったサムの復讐劇。それがこの映画です。
振り切ったバイオレンス描写が魅力?の1本。眉間にしわを寄せながら、歯を食いしばって観てましたが、妙な心地よさが残るはずです。
“1vs多勢”の構図は、日本の時代劇にも共通するからかもしれません。
ちなみに、タイトルの「FARANG(ファラン)」には、“よそ者”の意味があるそうです。★4つ。
『ユニコーン・ウォーズ』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.5.24
『劇場版 おいしい給食 Road to イカメシ』★★★
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』★★★★★
『ナイトメア 夢魔の棲む家』★★★
(満点は★★★★★)

以前も同じようなことを書きましたが、おかげさまで忙しくて、映画を観る時間がなかなか作れない状況。オンラインでこれですから、昔のように試写室での試写だったら、ほとんど新作を観られなかったかも。
時代の恩恵を素直にありがたく受けないと、ですね。
さぁ、今週は3本です!

『劇場版 おいしい給食 Road to イカメシ』は、人気ドラマの劇場版第3弾。

給食を食べることが人生最大の喜びゆえに、中学教師になった甘利田幸男。
今回の赴任地は、函館の忍川中学校。函館と言えば、イカメシ。ですが、未だ給食のメニューにイカメシは出ていません。
クラスに必ずひとりはいる給食マニア。忍川中学校の甘利田のライバルは粒來ケン。新たな発想で給食をアレンジする粒來に、日々打ちのめされる甘利田でしたが、ふたりの絆は給食で深くなっていったのです。
そんな時、忍川町の町長が、給食の完食推進を掲げ、忍川中学校を給食のモデル校にすると表明。しかし、それは楽しかった給食の時間を根元から覆すもの。
さらに選挙のイメージアップのために使われると知り、甘利田は怒り心頭。粒來ケンの熱い思いにも背中を押され、甘利田は大好きな給食を守ろうと立ち上がるのでした…。

U局を中心としたネット局で放送されているドラマ『おいしい給食』の劇場版3作目。
今作も、給食のよきライバル生徒とマドンナ役の女性教師、そこに現れる反対勢力という、お決まりのスタイルですが、それが安心、安定のパターン。水戸黄門も、寅さんも、ウルトラマンや仮面ライダーだって、そこにヒットの要因はあったりします。いわゆる“偉大なるマンネリ”というやつですよね。
今回は1989年、冬の函館が舞台。北の大地の恵みがメニューに登場。先割れスプーンで食べる給食は、実に美味しそう。
ボクの給食体験は小学校までですが、懐かしく思い出します。
この先、まだまだシリーズは続きそう?ご当地給食のメニューが楽しみです。★3つ。
『劇場版 おいしい給食 Road to イカメシ』公式サイト


『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』は、浅野いにおの人気コミックの映画化、その後編。

東京の上空に、巨大なUFOの母艦が出現。その中には、侵略者と呼ばれる宇宙人もいましたが、街中で発見される侵略者は自衛隊が駆除。攻撃を仕掛けてくるでもないその状況に、人々は慣れてしまっていたのです。
UFOが現れた時には高校生だった門出と凰蘭も、今は同じ駿米大学に通う大学生。
侵略者保護団体のメンバーでもある竹本ふたばや、彼女の幼なじみの田井沼マコト。オカルト研究会の会長・尾城先輩など、大学で知り合った友達も出来ます。
そんな時、UFO出現事の事故に巻き込まれ、行方不明になったアイドルの姿をした、謎の少年・大葉圭太が門出と凰蘭の前に現れるんですね。
彼は知っていました。もうすぐ母艦は制御不能になり、地上に落下。撒き散らす未知の物質で、人間が終わることを…。

面白かったです!
前章を観て、まずその設定にド肝を抜かれ、早く次が観たいと、公開直前まで届かなかった試写の案内を、宣伝会社の担当氏に問い合わせしてしまったぐらいですから(笑)。
エイリアンのSFサスペンスを土台に、若者の青春、友情、恋愛を描き、さらにパラレルワールドなタイムトラベルの要素もある中(前章で描かれています)、デモや権力者の暗躍という政治的描写もあるという。
本当にすごい発想力だなと。
主役のふたりの声優に、幾田りら(YOASOBI)とあのを起用。これがドンピシャだと、ボクですら感じます。彼女たちの、ここ数年のブレイクがなかったら、このふたりの声じゃなかったかもしれないわけで。作品制作も縁なんだなぁと。
そんなにアニメに明るくはないけれど、今まで観た中では指折りの作品。お勧めです!満点★5つ。
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』公式サイト


『ナイトメア 夢魔の棲む家』は、ホラー映画。

若い男女のカップル、モナとロビー。ふたりは激安物件を探し当て、念願だった新居での生活をスタートさせます。
DIYで改修を進めて気づく、奇妙な生活痕。さらに、どこか変わった隣人夫婦の存在。
実は、モナは入居以来、睡眠障害に悩まされていました。夢に現れる魔物が、モナを求めてくるのです。
夢か現実かがわからなくなるモナ。すると、モナに妊娠が発覚します。
モナは悩みます。
「お腹の子は、悪魔の子ではないか」と…。

ノルウェー産の北欧ホラー。
“夢魔”は造語かと思ったら、そうではなく、“メア”とも呼ばれ、「古代ローマ神話とキリスト教の悪魔のひとつ。夢の中に現れて性交を行うとされる下級の悪魔」とWikipediaにありました。
加えて、「襲われる人の理想の異性像で、服を着ず下半身は裸で現れる」と。
この情報を事前に入れてから観ると、この作品の面白さは増すと思います。
北欧ホラーは、映画のジャンルとして確立しているほどの人気の高さがあります。
初夏を思わせる暑い日もある5月。ホラーの季節を先取りしてみてはいかがですか?★3つ。
『ナイトメア 夢魔の棲む家』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.5.16
『ハピネス』★★★★
『PS1 黄金の河』★★★★
(満点は★★★★★)

GWが終わって1週間と少々。この時期、増えるのが五月病。
専門家ではないので何がいいのかはわかりませんが、映画は心の良薬になり得ると勝手に信じています。
好きな作品で喜怒哀楽。
たっぷり感情解放してみて下さい。
さぁ、今週は2本です!

『ハピネス』は、篠原哲雄監督最新作。

17歳の女子高生、由茉。
彼女には同級生の恋人、雪夫がいます。
ところが、由茉が突然、雪夫に告げるんですね。
「私ね、あと1週間で死んじゃうの」。
すぐには理解できなかった雪夫でしたが、由茉には生まれついての心臓の病があり、遂に余命宣告が言い渡されたと言うのです。
両親も、由茉の好きなように過ごしなさいと。
そこで由茉は、やりたかったことをやろうと決意します。
人目を気にして出来なかった、ロリータの服を着て街を歩くこと。
大好物のカレーの名店を巡ること。
そして、何よりも大切な雪夫と一緒に時間を過ごすこと。
由茉の、最期の7日間が始まったのでした…。

ボクの中学、高校の同級生、篠原哲雄監督の最新作です。
小説「下妻物語―ヤンキーちゃんとロリータちゃん」で知られる嶽本野ばらの、04年の同名小説の映画化。なるほど、だからロリータ・ファッションに憧れる女子が主人公なんでしょうね。
設定は特殊ですが、人生は長さじゃない、どう生きたかが大切だということを教えてくれます。
そんな意味では、フランシス・コッポラ監督の映画『ジャック』(97年、日本公開)を思い出しました。
細胞分裂が人の4倍のスピードで進む主人公。大学を卒業する時にはおじいちゃん。でも、卒業のスピーチが素晴らしく。
「常にそこにある星は美しい。ただ、流れ星が輝くのは一瞬かもしれないけど、どれだけの人に感動を与えるか」。そんな内容のスピーチだったと思います。コッポラ監督の息子さんも事故でだったか、早逝してるんですよね…。
個人的な話ですが、由茉が大好きなカレーを食べに、銀座の資生堂パーラーに行くシーンがあります。実は、1Fのショップがボクの御用達。逆“聖地巡礼”?なんだか、妙にうれしくなりました(笑)。
由茉の父親には、山崎まさよし。彼は篠原作品の『月とキャベツ』でスクリーンデビューしています。あの映画の冒頭のシーン、カーステレオから流れるラジオDJの声はボクなんですョ。
なんて、自分の話が多くなってしまいました(笑)。
由茉役の蒔田彩珠は、「感覚で察知する、なかなかすごい役者」だとの監督評価。大女優の卵かも?チェックをお忘れなく。★4つ。
『ハピネス』公式サイト


『PS1 黄金の河』は、インドの歴史絵巻、その前編。

10世紀頃、南インドで栄えていたチョーラ王朝。
しかし、スンダラ王は病の床にあり、王位継承に関する不穏な空気が流れ始めていたのです。
王には子供が3人います。長男アーディタ、次男アルンモリ、そして長女のクンダヴァイです。
アーディタとアルンモリのふたりの勇敢な王子は、それぞれ北と南で領土拡大のために戦っていて、聡明な王女クンダヴァイは、父の傍で国政をサポートしていました。
ところが、臣下のパルヴェート候が、後継は王子ではなく、自身の息のかかった従弟にし、実権を握ろうと画策していたんですね。
パルヴェート候の若き後妻のナンディニは、幼い頃からアーディタが恋焦がれてきた女性。しかし、ある事件からナンディニはアーディタを恨むようになり、パルヴェート候を裏で操る存在になっていたのです。
この不穏な空気を、遠く離れたふたりの王子に伝えるべく、アーディタの親友で忠実な部下であるデーヴァンが、密使として送られることになったのです…。

1950年に書かれたインドの歴史小説「ポンニ河の息子」。実在したチョーラ王朝の愛憎渦巻くこの小説は、一大ベストセラーになったそうです。
当然、映画化の話は上がりますが、あまりのスケールの大きさにこれまで実現できなかったものが、前編、後編に分け、それぞれ160分超という長さで作られたのが今作。密使デーヴァンの奮闘が軸になって描かれているのが前編です。
インド映画と言えばダンスのシーンですが、必要な場面以外、多用されているイメージもなく。それでいてこの時間尺ですから、いかに壮大なストーリーであるかがわかるかと思います。
きらびやかで美しい映像。公式サイトで登場人物をしっかり把握してから観ると、より理解が深まるはずです。
国は違えど、時代劇好きの日本人にはきっと好まれる1本。物語はどんな結末を迎えるのか。6月14日公開の後編『PS2 大いなる船出』が、今から待ち遠しくなります。★4つ。
『PS1 黄金の河』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.5.9
『ジョン・レノン 失われた週末』★★★★
『不死身ラヴァーズ』★★★★
『夢の中』★★
(満点は★★★★★)

GWはいかがお過ごしでしたか?
先週の『Pick Up Movie!』はお休み。試写で観た映画がありませんでした。
今週からまた再開です。お付き合い下さい!
さぁ、今週は3本です!

『ジョン・レノン 失われた週末』は、ドキュメンタリー。

ザ・ビートルズのメンバーとして、亡くなった今も、世界中にファンがいるジョン・レノン。
彼は2度結婚していて、最初の妻、シンシア・パウエルとの間にはジュリアンが、再婚したオノ・ヨーコとの間にはショーンという、ふたりの息子がいます。
アルバム『ダブル・ファンタジー』を共作するなど、仲睦まじいイメージのヨーコとジョンですが、ファンの間では有名な18ヶ月、“ロスト・ウィークエンド(失われた週末)”というのがあります。
これは、ふたりが別居していた73年秋から75年初頭までのことで、この間、ジョンはふたりの個人秘書を務めていた、メイ・パンという中国系アメリカ人の女性と暮らしていたのです。
かつてジョンが代表のひとりだったアプコ・レコードの受付として勤務したメイは、そのクリエイティブな才能をヨーコとジョンに気に入られ、ふたりの個人秘書に抜擢されます。
すると、ジョンとの関係がギクシャクし始めた頃、ヨーコから、ジョンとの交際を勧められたと言います。
戸惑いながらもジョンを受け入れ、始まったジョンとの関係。ヨーコには“火遊びの勧め”だったのかもしれませんが、ジョンはヨーコが思っていた以上にメイを愛し、同居生活が始まります。
映画では、貴重な映像と共に、メイ・パンの証言によって、“失われた週末”が明らかになっていきます。
その間、シンシアとジュリアンとも親しくなったメイのおかげで、ジョンはジュリアンとの再会が叶い、またソロとしても充実の作品を生み出していくんですね。
結局、ジョンはヨーコのもとに戻るのですが、真の愛があった日々は、偽りではなかったと。あくまでメイ・パン側からの話ですが、赤裸々に語られているだけに、真実味を帯びて伝わってきます。
今作の中にも登場する、今でも仲のいいジュリアンとの関係性がそのことを裏付けているような気もしますが、真相はいかに?
50年後の告白。「私の物語は私が書く」というメイ・パンの決意。
ジョン・レノンのファンには必見のドキュメンタリーです。★4つ。
『ジョン・レノン 失われた週末』公式サイト


『不死身ラヴァーズ』は、高木ユーナの人気コミックの実写映画化。

長谷部りのは、病弱だった幼少期に、元気と勇気をくれた甲野じゅんに、“一目惚れ”。「じゅんくんこそが運命の人だ」と信じ込みます。
中学生になったりのは、じゅんと再会を果たすことに。陸上部の後輩になったじゅんに、りのは何度も「好き」を伝え、遂にじゅんの口から「俺も長谷部先輩のことが好きです」と言われたのですが、その瞬間、じゅんが消えてしまったのです。まるで幻を見ていたかのように。
その後も、じゅんは、りのの前に現れます。高校の軽音楽部の部長として、車椅子の男性として、バイト先のクリーニング屋さんの店主として。しかし、両思いになった途端、じゅんは消えてしまいます。
そして、また甲野じゅんは現れます。今度は大学の同級生として、りのの前に現れたのです…。

ボクの大好きな『ちょっと思い出しただけ』(22年)の松居大悟監督最新作。
主演の長谷部りの役は、JRAプロモーションキャラクターも務める、見上愛が演じています。
これまでにも、いくつかの作品で見かけてはきましたが、主演作としては初めて。いやぁ、いい役者さんですね。
感情の起伏はもちろん、腑に落ちない出来事に遭遇した時や、じゅんが好きでたまらないいくつもの心情を、実に豊かな表情で表現しています。
“思い込み”と“信念”は、表裏一体。タイトルの如く、いつまでもどこまでも“好き”を貫き通せるなんて、幸せだよなぁと。重い恋愛好きのボクには、よーくわかる(笑)。
この映画を観た男性は、きっと、りのの親友の田中という男性のことが気にかかると思います。いいヤツなんですよ、田中。
りのにとって、田中が消えないでよかった…。
心からそう思います。
構想から10年だそう。ハイテンションな流れとは裏腹に、登場人物たちの優しさが、じわっと沁みてくる映画だと思います。★4つ。
『不死身ラヴァーズ』公式サイト


『夢の中』は、“異色の青春幻想譚”。

雨の晩、血の付いた顔で、ずぶ濡れになってタエコの前に現れた男、ショウ。
タエコは、体を売って生計を立てている若い女性。
夜が明けると、ショウはタエコに言います。
「俺のこと、ここで匿ってくれない?」。
ショウを受け入れるタエコ。
ショウはカメラマンのアシスタント。モデルのアヤと付き合ってはいたものの、アヤに見合う男でないことにコンプレックスを感じていました。
一方、タエコは生きることに何も感じることができずにいたのです。
タエコはショウに言います。
「私の最期、綺麗に撮って下さい」と…。

あらすじを上手く書けませんでした。
“異色の青春幻想譚”としたのも、作品のキャッチフレーズをそのまま引用しています。
ただ、タイトルの通り、夢の中のような流れなので、夢同様、話の筋つまが合わなくてもいいとなれば、あらすじを上手く書けないのも道理かと。
何が現実で、何が虚なのか。何が真実で、何が嘘なのか。信じるから裏切られる。それでも信じたい。
何かから逃げてきたショウも、生きている実感のないタエコも、おそらく、今の生きづらい世の中を生きる若者の象徴なのかなと。
映像美の作品でもあります。感じる映画だとしたら、ハマる人にはよりハマるのかもしれませんね。★2つ。
『夢の中』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.4.26
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』★★★
『システム・クラッシャー』★★★
(満点は★★★★★)

先週紹介した、映画『あまろっく』に出演されていた佐川満男さんが、公開直前の4月12日に亡くなっていたとの報道がありました。
主人公の父親(笑福亭鶴瓶)が経営する鉄工所のベテラン職人、高橋鉄蔵役を演じていましたが、本当に味のあるいい演技でした。
新聞によると、撮影の最中から体調はあまりよくなかったとか。そんなことは微塵も感じさせず。
ただ、病院のベッドに横たわるシーンがあったのは、今思うと…。
昭和歌謡のスター歌手でもありました。これが遺作だそうです。お疲れさまでした。心よりお悔やみ申し上げます。
さぁ、今週は2本です。


『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』は、イタリアの史実をもとにした映画。

1858年、ボローニャのユダヤ人街で暮らす、モルターラ一家。
ところが、この家の7歳になる息子のエドガルドが、突然、ローマ教皇が派遣した兵士に拉致され、連れ去られてしまったのです。
聞けば、エドガルドは産後まもなくキリスト教の洗礼を受けており、枢機卿の命で、キリスト教の神父になるための勉強をしなくてはならないと言うのです。
ユダヤ教の一家に生まれたエドガルドに、一体いつ、誰がキリスト教の洗礼を与えたのか?
家族から引き離された息子を取り戻そうと、両親は奔走しますが、立ちはだかる宗教的な壁は、あまりにも高かったのです…。

150年前のイタリアで起きた、誘拐事件。
当時、絶対と言われていた教皇法のもとでは、これは“誘拐”などではないと、協会側は思っていたことでしょう。
映画は、息子を取り戻そうとする両親の姿と、同年代の少年たちと、キリスト教の教えの中で暮らすエドガルドの心の葛藤が描かれています。
長い歳月が、少年をどう変えていったのか。青年になったエドガルドの変貌ぶりも見処のひとつです。
我々日本人には、馴染みの薄い宗教観かもしれませんが、教義を正義とした社会問題は、日本でも起きてますもんね。
そんな目線で観ると、異国の昔の事件であっても、理解が深まるのかもしれませんね。★3つ。
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』公式サイト


『システム・クラッシャー』は、ドイツ映画。

9歳の少女、ベニー。
父親から受けた暴力がトラウマとなり、ひとたび怒りだすと手がつけられないほどの暴れよう。
母のビアンカもお手上げ状態で、様々な保護施設に預けられますが、どこに行っても手に負えないと、拒絶されてしまいます。
そんな中にあっても、決して諦めることなく、優しく接してくれていたのが、社会福祉課のバファネでした。
当然のように登校も拒否していたベニーに、バファネはミヒャという登校付き添い人の男性を見つけてくれます。次第に心を開くベニーでしたが、それでも怒りの感情は抑えきれません。
ある日のこと、施設内で包丁を振り回したベニーは、救急隊によって鎮静剤を打たれ、病院に運ばれてしまいます。
閉鎖病棟か、精神病院か。そんな選択を提示される中、ミヒャは森の中での1対1の生活を提案するのでした…。

ピンクが大好きな、一見普通の女の子、ベニー。
しかし、その暴れっぷりは尋常ではなく。
ベニーは幼い頃、父親からオムツを顔に押し付けられたのがトラウマになっていて、特に顔を触られるのが大嫌い。スイッチが入ると大パニックになるのです。
ママに会いたい。そんなシンプルな願いが叶わず、負のスパイラルにはまっていくベニー。
明確な解決策がないのが現実で、映画の結末も、観る人によって、きっと感じ方は様々だと思います。そのへんが評価の分かれ目になりそうな1本です。★3つ。
『システム・クラッシャー』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.4.18
『あまろっく』★★★★★
『見知らぬ人の痛み』★★★
(満点は★★★★★)

UPLINK吉祥寺で、映画『コザママ♪ うたって!コザのママさん!!』を観てきました。
『コザママ♪ うたって!コザのママさん!!』公式サイト
沖縄のコザを舞台に、銀天街という商店街に暮らす“ママさん”たちの、音楽と友情、そして人生を描いた物語です。
高校時代にガールズバンドとして人気を博していた4人が、地元を盛り上げるため、20年ぶりにバンドを再結成。でも、活動再開のためには、乗り越えなくてはならない壁がありました。家族の理解、過去の軋轢、そして今ある現実…。
いろんな場面で、それぞれのセリフが沁みる、いい映画でしたョ。是非、ご覧になってみて下さい。
さぁ、今週は2本です!


『あまろっく』は、兵庫県尼崎市を舞台にしたヒューマンコメディ。

39歳、独身の近松優子。社内の業績トップで何度も表彰されるほどデキる女性でしたが、人望はなく、人員削減の際、真っ先にクビを言い渡されてしまいます。
「何で私が…」。
納得できないまま、家に帰ると、そこには能天気な父・竜太郎が。なんと“祝リストラ”の横断幕を掲げ、笑顔で待っているではありませんか。
その日から家に引きこもり、ニートのような生活を送る優子。
そんな優子に、仰天の出来事が起こります。
なんと、竜太郎が再婚すると言うのです。相手は早希という20歳の美人。それも、早希のほうからプロポーズしたというから驚きです。
自分よりも年下の新しい母親の登場に、またも心を掻き乱される優子。
ところがです。幸せの絶頂にあった竜太郎が、ジョギング中に倒れたてしまったのです…。

“ご実家ムービー”なるキャッチコピーが付いた映画。
物語は、尼崎閘門(あまがさきこうもん)の紹介から始まります。0メートル地帯に海水が流れ込まないように設置されたロックゲート、通称“あまろっく”。
竜太郎は町工場を営んでいますが、仕事は職人任せ。毎日ぐうたらしながら、「俺は“あまろっく”や」というのが口癖でした。
母が亡くなり、そんな父との二人暮らし。「お父ちゃんみたいになりたくない」と頑張った結果がリストラで、そこへ20歳の継母がやって来た。
優子の人生はぐちゃぐちゃです。
早希は幼い頃、家庭環境に恵まれず、とにかく家族団らんに憧れています。市役所で働いていた時、来ると常に周りを明るくする竜太郎のことが気になるようになり、「この人なら」と強引にアタック。結婚に至ったというわけです。
あとは劇場でご覧下さい。奇想天外な物語は、きちんと着地します。脚本の妙。それが素晴らしい。
竜太郎に笑福亭鶴瓶、優子に江口のりこ、早希に中条あやみ。また、優子の幼なじみで、駅前のおでんの屋台の店主に駿河太郎。笑福亭鶴瓶との父子共演は初だそうです。
あったかい映画です。あ、尼崎閘門のさらに前の、冒頭のシーンをお忘れなく。満点!★5つ。
『あまろっく』公式サイト


『見知らぬ人の痛み』は、27分の短編映画。

中学校の教師をしていた倫子。しかし、生徒からのいじめに遭い、退職。次の仕事を探そうとしますが、離職の理由が明らかになると、採用に二の足を踏む企業が多く、なかなか雇ってはもらえません。
夫の和也は慌てなくていいからと、優しく支えてくれますが、倫子は甘えてばかりもいられないと、焦りを感じていたのです。
そんな時、コンテンツ・モデレーターという仕事と出会います。
SNS上の、世界中の残酷な映像を検閲し、削除する仕事です。
あまりにもグロテスクで、ショッキングな映像に、初めはもどしてしまうほどの衝撃を受けた倫子でしたが、すぐに淡々と作業をこなせるようになります。
その対処法は、消去した“物語”を、ノートに書き残すことでした。
和也には、コールセンターのオペレーターの仕事だと嘘をついていた倫子。ところが、そのノートが和也に見つかってしまったのです…。

映画監督の井上梅次と俳優の月丘夢路が遺した“井上・月丘映画財団”。その財団を母体に、若手映画監督の発掘を目的としたプロジェクトが、MOON CINEMA PROJECT。この映画は、そこで第5回のグランプリに輝いた作品だそうです。
重いテーマですが、コンテンツ・モデレーターという仕事があるのも事実。殺人、テロ、性犯罪…。自身の手によって消されていく、確かにそこに在ったはずの被害者たち。倫子が心の安寧を保つには、“書き残す”しかなかったのかもしれません。
27分の短編映画。果たして、一筋でも光明は差すのか?
ご自身の目で確かめてみて下さい。
ちなみに、チケットは1000円均一だそうです。参考までに。★3つ。
『見知らぬ人の痛み』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.4.11
『No.10』★★★
『プリシラ』★★★
(満点は★★★★★)

桜の花が満開で、お花見シーズン真っ盛りでしたが、ここからは“散り○分”と表現され、道を花が覆う“花むしろ”とか、水面に花が浮かぶ“花いかだ”など、散り行く桜を惜しむようになります。
でも、桜が終わっても大丈夫。スクリーンは春夏秋冬、いつでも感動をくれますから。
さぁ、今週は2本です!


『No.10』は、オランダの奇才、アレックス・ファン・ヴァーメルダムの最新作。

ギュンターは舞台役者。
森に捨てられていたのを里親に育てられた彼でしたが、ひとり娘のリジーを授かります。
そのリジーが恋人と共に、ギュンターの家を訪れたのですが、彼女が奇妙なことを言うんですね。
「医者に診てもらったら、肺がひとつしかないと。お父さんも診察したいと言われたわ」。
今、ギュンターは次の舞台作品の稽古中でしたが、遅々として進まず。
それどころか、演出家カールの妻イザベルとの不倫がバレて、ギュンターは窮地に追い込まれてしまいます。
そんなギュンターを常に監視する目がありました。
職を失い、車中泊を余儀なくされるようになったギュンター。
すると、ひとりの男が車の窓をノックし、ギュンターに“招待状”なるものを手渡したのでした…。

何の話やら、まったくわからないと思います(笑)。でも、それでいいのです。
なぜなら、監督は「何も知らないというのは素晴らしいことだ。実際のところ、何も知らないのが一番良い」と言っていて、公式サイトにも、とにかくネタバレのないようにという注意書があるから。
奇想天外?
まぁ、観てみて下さい。想像だにしなかった方向へ、ストーリーは展開していきます。
ちなみに、タイトルの『No.10』は、監督にとっての記念すべき10作目からきているようです。★3つ。
『No.10』公式サイト


『プリシラ』は、エルヴィス・プレスリーの元妻、プリシラ・アン・ボーリューの物語。

“キング・オブ・ロックンロール”と称され、アメリカで大人気の、歌手で俳優のエルヴィス・プレスリー。
そんな彼にも徴兵の通知は届き、1958年、西ドイツのアメリカ陸軍基地で勤務することになります。
同じ西ドイツのアメリカ軍基地に暮らし、当時14歳だったプリシラは、エルヴィスと仲がいいという軍関係者に声を掛けられ、エルヴィスのパーティに誘われるんですね。
両親を説得し、パーティに参加したプリシラは、目の前にいる実物の大スターに釘付けになります。
一方のエルヴィスも、プリシラの美しさに心を動かされてしまいます。
この時、エルヴィス、23歳。プリシラとの年の差は9歳。
それでもエルヴィスは、プリシラと真剣に付き合いたいと、彼女の家を訪ね、両親に挨拶。条件付きながら、正式な交際が始まるんですね。
しかし、兵役が終わると、エルヴィスはアメリカに帰国してしまいます。
アメリカでの彼の活躍を耳にすればするほど、心が騒ぐプリシラ。
そんなプリシラに、エルヴィスからグレースランドの家に遊びに来ないかと、ファーストクラスの航空チケットが届きます。
大きな屋敷に着くと、家族はもちろん、たくさんの使用人たちと暮らすエルヴィスの日常。帰りたくないと思ってしまうのも当然でした。
そんなプリシラのために、エルヴィスはカトリック系の高校を用意。必ず卒業させるからと、プリシラの両親に約束をし、プリシラのアメリカでの生活が始まったのです…。

プリシラ・アン・ボーリューが1985年に発表した回想録を読んで、心を動かされたというソフィア・コッポラ監督。
わずか14歳で、世界のスーパースターと恋に落ち、彼のすべてを受け入れることが愛だと信じていたプリシラ。
長期の仕事で家を留守にする時も、孤独に耐えてきたのですが、恋多きエルヴィスのスキャンダル、薬物依存、そして暴力。さらに、娘リサを授かったと知ったあとの、彼の一変した態度に、プリシラは重大な決断を下すのです。
この映画は、ひとりの女性の成長の物語でもあります。
彼女の人生にはエルヴィスとの恋愛があり、それがすべてでもありました。再生の物語は、また別のところで展開していくのでしょうが、この映画はその一歩を踏み出すところまで。
プリシラがアメリカに渡ってからも、一緒にいると楽しいけど、仕事で不在になると寂しくなる。その繰り返しに、観ている側もちょっと辟易とするところがあったかも。
華やかなショービス界の裏側が垣間見えたのは興味深かったけど、より深い人間ドラマが感じられれば、感想もまた違ったかなと。
若干の食い足りなさこそが、この恋愛を象徴するなんていうのは、あまりに深読みが過ぎるでしょうか。★3つ。
『プリシラ』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.4.5
『アイアンクロー』★★★★
『毒親 ドクチン』★★★
『フィシスの波文』★★★
『ブルックリンでオペラを』★★★★
(満点は★★★★★)

4月になりました。
桜も咲いて、ここからは天気もよく、一気に春めいてきそうです。
新年度の始まりです。2024年のスタートが上手く切れなかった人も、ここからリスタート!
これからも、たくさんの映画があなたに刺激をくれるはずです。人生を満喫したいですねっ。
さぁ、今週は4本です!


『アイアンクロー』は、実話に基づくストーリー。

1960〜70年代に日本でも活躍したプロレスラー、フリッツ・フォン・エリック。
握力は120キロを超えたと言われ、その巨大な手で相手の顔面や腹部をわしづかみにする。これが必殺技、“鉄の爪”=“アイアンクロー”。プロレス界に、一大旋風を巻き起こした人気のプロレスラーです。
フリッツには6人の息子がいましたが、長男は幼い頃に事故死。父の夢は、次男のケビン、三男のデビッド、四男のケリー、五男のマイク、六男で末っ子のクリスに託されます。
父の期待を背に、活躍を見せる息子たちでしたが、1984年にデビッドが来日中のホテルで亡くなると、他の兄弟たちにも次々と不幸が襲いかかり、生きているのは次男のケビンだけ。エリック家は“呪われた一家”と呼ばれてしまいます。
一体、彼らに何が起きたのか?
そこには、プロレスのエリート一家が背負う宿命とも言える、栄光と苦悩と挫折があったのです…。

フリッツ・フォン・エリックの日本での活躍は、ボクが小学生の時ですね。
「逃げろ、逃げろ!うわぁ、掴まれた!」
幼心に、もんどり打つプロレスラーの苦悶の表情に、恐怖を覚えたものです。ジャイアント馬場やアントニオ猪木が、圧倒的強さを誇る時代ですからね。悪ガキだったボクは、友達に「鉄の爪〜っ」とやっていたのも懐かしい記憶です。
あ、イジメじゃないですョ。あくまで遊びです(笑)。
また、デビッドが来日中のホテルで亡くなった事故も、鮮明に覚えています。屈強なプロレスラーが何故?と不可解な死に謎めいたもの感じたものです。
そんな一家の数奇な運命を描いた映画ですが、ケビン役のザック・エフロンを始め、俳優陣の肉体が凄い!役作りとはいえ、ここまで仕上げるかといった感じの鋼の体。
実際の兄弟と同じ衣装、同じポーズでの写真がありますが、瓜二つですから。
昭和世代は是非、ご覧になってみて下さい。あの頃がきっと甦ってきますから。
ひとつだけ。ネタバレになったらごめんなさい。救いはあります。とても大きな救いがあります。安心して劇場へどうぞ。★4つ。
『アイアンクロー』公式サイト


『毒親 ドクチン』は、韓流ミステリー。

女子高生のユリ。
ユリは母ヘヨンの愛情をたっぷりに受けて育ちます。
と言えば聞こえがいいのですが、ヘヨンのユリへの干渉は度を越えていて、アイドル候補生の友人イェナと仲良くすることも許されず、ユリは母親のことで、ずっと頭を悩ませていたのです。
成績優秀なユリが、模擬試験の日に登校せず、見つかったのは、湖畔のキャンプ場に置かれた車の中。練炭自殺を図ったらしく、遺体で発見されたのです。
取り乱す一方で、絶対に娘の自殺を認めないヘヨン。
それどころか、ユリの様子を心配し、ユリを呼び出していた担当教員のギボムを殺人容疑で訴えたのです。
ユリの死の真相は?ユリの心の中にあった、ある思いとは…。

“毒親”というのが、韓国で社会問題になっているとか。
日本でも“モンスターペアレンツ”なんて言葉が誕生して相当経つし、子供の虐待もあとを絶たないのが現実です。
その原因と、対処法こそが、この映画のキモで、書いてしまうとネタバレになってしまうので控えますが、ユリの気持ちを考えるとあまりに切なく…。
優等生で、勉強もできるユリが、自分を殺して、見せる笑顔。ヘヨンはヘヨンで、母の愛情を惜しみなく注いでいるから、娘は幸せだと信じきっているわけです。
あなたの家庭は大丈夫ですか?黄色い信号が点っているなと感じているなら、きっと学びがあるはずです。ご覧になってみて下さい。★3つ。
『毒親 ドクチン』公式サイト


『フィシスの波文』は、“文様”を巡るドキュメンタリー。

草木や動物、空、宇宙など、自然をモチーフにデザインされる文様。
日本で文様を扱う代表格は、京都にある唐紙屋長右衛門。今年で創業400年を迎える老舗です。
その“唐長”の11代目、千田賢吉氏の仕事に始まり、黒谷和紙、京都の葵祭、祇園祭、現存する最古の唐紙の襖を持つ南叡山養源院、武者小路千家の官休庵、代官山のインテリアショップを訪ね、旅は空路ヨーロッパへ。
イタリア北部の川沿いに約70キロ続くカモニカ渓谷には、1万年前から描き続けられたという岩絵が。また、ローマのサンタ・マリア・コスメディン聖堂には、唐長文様に通じるモザイクがありました。
そして、最後は北海道二風谷のアイヌ集落へ。アイヌの人たちは、自然への畏敬と感謝が強い民族。生活様式のすべてに文様が施されている、と言っても過言ではありません。
正直、とてもマニアックで、すごく専門的な映画です。一般に広く受け入れられるかと言えば“?”ですが、文様に携わっている人にとっては、体系化された貴重な映像だし、きっと新たな発見もあるのでしょう。
ただ、歴史の重さ、継承の重要性は、文様に関心がなかった人でもわかるはずです。
ちなみに、フィシスとは“あるがままの自然”という意味だそう。興味のある方は是非。★3つ。
『フィシスの波文』公式サイト


『ブルックリンでオペラを』は、ロマンティック・コメディ。

パトリシアは、NYのブルックリンで精神科医として働いています。
バツイチで、息子ジュリアンがいるパトリシアですが、人気の現代オペラの作曲家、スティーブンと再婚しています。パトリシアはスティーブンの主治医でもありました。
実はスティーブン、もう5年も新しい作品が書けていません。
「自分の殻を破って、外の世界へ飛び出すの」。
パトリシアにそう言われ、渋々、愛犬リーバイとの散歩に出たスティーブン。
途中で寄り道したバーで、スティーブンはカトリーナという女性と出会います。
カトリーナの仕事は曳船の船長。これも何かの縁だと彼女の船に乗り込むと、カトリーナは服を脱ぎ始め、「私、恋愛依存症なの」と、戸惑うスティーブンを押し倒したのでした…。

面白かったです。
発想がすごい(笑)。
根幹にはオペラがあるので、間違いではないけれど、タイトルがボクに想像させたイメージと、映画の内容はちょっとズレてたかなぁ。
この映画では、息子のジュリアンと、その彼女テレザとの恋物語もあって。
テレザの父親が相当な変わり者なんですが、上手くそれぞれの男女の物語を描いています。
スティーブンがチャーミングで、ちょっとリーバイに似てるんですよね(笑)。リーバイもいい味出してて。
人生はいつ、どんなきっかけで変わるのか、確かにわからないから面白い。新年度のスタートに、おすすめの1本です。★4つ。
『ブルックリンでオペラを』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.3.28
『成功したオタク』★★
『デストラップ 狼狩り』★★★
(満点は★★★★★)

“事実は小説より奇なり”とはよく言ったもので、最近では耳を疑うような出来事やニュースが巷に溢れています。
映画は演出も自由。比べる話ではないかもしれませんが、負けてられませんよね。
さぁ、今週は2本です!


『成功したオタク』は、韓国のドキュメンタリー映画。

この映画の監督であるオ・セヨンは、とあるK―POPスターの大ファン。
映画のタイトルでもある「成功したオタク」とは、“推し”の歌手や俳優などに実際に会ったことのあるファンのことを意味するそう。
オ・セヨン監督は、中学生の頃から“推し”に濃いめの猛アピール。その結果、ファン参加のTV番組で共演するなど、間違いなく「成功したオタク」だったのです。
ところが、あろうことか、この“推し”が、集団性性暴行罪の疑いで逮捕されてしまうんですね。
韓国の芸能界に激震が走ったこの事件で、彼のファンは一転、“犯罪者のファン”になってしまいます。
生活の中心が“推し活”で、これまでの人生のすべてを捧げてきたと言っても過言ではないのに。この状況をどう消化すればいいのか。もやもやしたものが、どうしても拭い去れない。どうしたらいいかと考えた時、同様に彼のファンだった他の人は、何を思い、どう行動しているのかを、聞いて、見て回ろうと考えたんですね。
その記録が、この映画です。
擬似恋愛なんて言ったら怒られちゃうかな。「もう顔も見たくない」という人から、「それでも好き」という人まで、感情はまちまちで。
予告編のラストに、「傷ついたファンによるファンのための物語」とありますが、まさにそう。
おそらく、同じように“推し活”にすべてを捧げている人ならわかる。国境を越えてもね。そんな映画だと思います。★2つ。
『成功したオタク』公式サイト


『デストラップ 狼狩り』は、バイオレンス・サバイバル・スリラー。

狩猟を生業にし、森の中の小屋で生活をする3人の親子がいました。
夫のジョセフは、娘のルネに森での生き方を教え込んでいますが、妻のアンヌはルネの勉強を見ながらも、町に暮らして、ちゃんと学校へ通わせたいと願っていたのです。
獲物が少なく、食べるのがやっとの生活が続くのには訳がありました。“森の主”とも言うべき、狂暴な狼がいたからです。
罠を仕掛けても、巧妙にすり抜け、狙いは家族3人と言わんばかりに、夜になると狼の遠吠えが森に響きます。
意を決し、狼を狩りに森の奥深くへと踏み込んで行くジョセフ。
しかし、ジョセフが見たのは、若い複数の女性の変死体でした。
狼だけじゃない。この森には、凶悪な別の何かが潜んでいる。
ジョセフのその予感は的中してしまうのです…。

公式サイトのキャッチコピーから“バイオレンス・サバイバル・スリラー”としましたが、中の文章には“ソリッドシチュエーション・サバイバル・ムービー”とありました。
どっちも正解。なんなら両方混ぜてもいいんじゃない?ぐらいで(笑)。
エクストリームの配給作品にしては、人間vs狼とは、ハラハラさせるとは言っても地味だなと思っていたら、最後の最後に「来たぁ!」。
これでも十分にネタバレかも。でも、公式サイトではもう少し突っ込んでますから、ご勘弁を。
期待を裏切らないうれしさに、★を1つ増やしちゃいました(笑)。★3つ。
『デストラップ 狼狩り』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.3.19
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』★★★★
『ボンゴマン ジミー・クリフ』★★★
『流転の地球 太陽系脱出計画』★★★★
(満点は★★★★★)

おかげさまで、バタバタと忙しい3月。申し込んだオンライン試写を、なかなか観ることができずにします。
それでも“時間は作るもの”。体力に余裕がある時は、いつもの起床時間の2時間前に目覚ましをセットすれば、1本映画を観ることができます。
今、ようやく4月公開の作品を数本観たところ。それでも時に映画に癒され、早起きは3文の得だなと感じることもしばしばです。
さぁ、今週は3本です!


『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』は、浅野いにおの同名コミックのアニメ映画化。その前章。

小山門出(こやまかどで)と中川凰蘭(なかがわおうらん)は、幼なじみの中学3年生。
門出は凰蘭を“おんたん”と呼び、ふたりは唯一無二の親友。普通の中学生の日常を過ごしていました。
ところが、8月31日、東京上空に突如巨大なUFOが現れると、母艦から小型UFOが出現。都心は大きな被害を受けたのです。
それから3年。門出とおんたんは高校生に。
上空にはそのまま巨大なUFOの母艦が残っています。しかし、攻撃をしかけるでもないUFOの存在を、人々は次第に気にしなくなり、異様な景色の中で、当たり前の生活を送るようになっていました。
ところが、母艦から出た中型のUFOが墜落したことで、3人の死者が出ます。その中の1人が、門出とおんたんのクラスメイト、仲良しグループのひとり、栗原キホだったのです。
そうして迎えた、高校の卒業式の日。屋上で母艦に語りかけるように独り言を言うおんたん。すると、背後に見知らぬ若い男が立っていました。
「おまえ、何者だ?どこから来た!」と、おんたん。
「キミこそ、どこから来たの?」と言われた瞬間、おんたんは門出と出会った小学校時代へと戻るのでした…。

原作は、2014年から2022年にかけて、ビッグコミックスピリッツで連載されていた、浅野いにおのSFコミック。
単行本は12刊。すでに完結しているので、コミックで読み終えたという人も多いかと思います。
登場するキャラクターは、他にもたくさんいて、その紹介は公式サイトに譲りますが、上空に巨大なUFOが浮かんでいるという特異な状況にも関わらず、物語としては、普通の女子たちの青春が描かれている。かと思えば、侵略者が出てきたり、自衛隊がUFOを撃墜したりと、独自の世界観にぐーっと引き込まれてしまいました。発想がすごい…。
映画の真ん中あたりで、あらすじの最後に書いたように、おんたんは小学生の頃に戻ります。そこにこの物語の謎を解くカギがありそう。
また、後章ではふたりの大学時代が描かれるようですが、そちらに登場する竹本ふたばと田井沼マコトも途中で出てきます。見逃さないようにして下さい。
門出の声は、音楽ユニット・YOASOBIのボーカル、ikuraとしても活躍中の幾田りらが、おんたんの声は、あのが担当。このキャスティングも話題となっています。
本当は満点を付けたかったけど、ラストを見ずに満点評価もと思い、あえて★を1つ減らしました。
とにかく5月24日公開の後章が楽しみ!あ、まずは前章ですねっ。★4つ。
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』公式サイト


『ボンゴマン ジミー・クリフ』は、音楽ドキュメンタリー。

1948年、ジャマイカに生まれた、レゲエ・シンガーのジミー・クリフ。
1962年にデビューすると、65年にイギリスのロンドンに拠点を移し、ワールドワイドな活動をスタートします。
70年代のレゲエの中心は、アフリカ回帰のラスタファリの思想を歌う、ルーツ・レゲエ。政治への不満と相まって、闘いの象徴の音楽として広まりますが、ジミー・クリフのレゲエはポップな要素を含みながら、それでも自身のメッセージは内包する、そんな音楽を展開していました。
70年代終盤から80年代にかけて、ルーツ・レゲエが下火になると、いよいよジミー・クリフの時代がやってきます。
そんな彼の1980年の活動を追いかけたのが、この映画。
生まれ故郷のサマートンでライブを行うために、重機で土地をならし、手作りでステージを作る様子に人柄が滲み出ていたり、同年、南アフリカのソウェトで行ったライブでは、黒人と白人の区別なく、同じ観客席から、共に歓声をあげていました。アパルトヘイトによる人種差別が色濃くあった南アフリカにおいて、これは画期的な出来事でした。
さらに、ドイツのハンブルクでも、熱狂的な多くのファンの前でパフォーマンスを披露。絶頂期とも言える“ボンゴマン”、ジミー・クリフのドキュメンタリー映画です。
ちなみに、日本では1992年の暮れに公開となっており、今回はその映画のデジタルリマスター版です。
ボブ・マーリーの映画が複数公開になるなど、今年はレゲエが来そうな予感?ジミー・クリフも要チェックです。★3つ。
『ボンゴマン ジミー・クリフ』公式サイト


『流転の地球 太陽系脱出計画』は、中国のSF超大作。

世界中の科学者により、100年後には老化した太陽が膨張し、300年後には太陽系が消滅するという、紛れもない研究結果が発表されます。
人類が生き残る唯一の方法は、地球を太陽系外に移動させること。
そこで世界が一致団結し、地球連合政府を作ると、1万基のロケットエンジンを地球に取り付ける“移山計画”を実行に移します。
しかし、その計画には、当然のことながら、予想だにしなかった難問がいくつも待ち構えていました。
すると、月が接近限界を超え、3日以内落下すると言います。タイムリミットは、目前に迫っていたのです…。

いやぁ、凄まじい映画でした。
なんたって、地球そのものを移動させようって話ですから!
中国のベストセラー作家、リウ・ツーシンの短編小説を基に映画化。
実はこれは第2弾で、1作目は、一部のイベントを除き、日本では映画館での一般公開はされておらず、Netflixのドラマとして配信されたとか。
物語には、自分の命を捨ててでも、家族と地球を救おうという多くの主人公たちが出てきます。
具体的に挙げるとごちゃついてわからなくなりそうなので、背景というか、舞台設定だけを書いておきましたが、その人間ドラマの要素が、173分という長尺の作品を飽きることなく見せてくれる要因になっています。
誰かのために命を賭す。そんな相手がいること自体が幸せなんじゃないかなぁ。
確かに、太陽も寿命があるでしょうから、遠い遠い未来には、こんなことが起きているかも。あ、その頃には人類は滅んでいるかな(笑)。
それより、今、目の前で環境破壊が進んでしまっている地球。少なくともボクらの想像の域にある、次の、またその次の世代が健全に生きていられる地球であるように、早急に手を打つのが現代人の責務なんじゃないですかね。★4つ。
『流転の地球 太陽系脱出計画』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.3.15
『COUNT ME IN 魂のリズム』★★★★
『12日の殺人』★★★
『ブルーイマジン』★★★
『MONTEREY POP モンタレー・ポップ』★★★
(満点は★★★★★)

ご存じのように、『君たちはどう生きるか』がアカデミー賞の長編アニメーション賞に、『ゴジラ―1.0』がアカデミー賞の視覚効果賞を受賞しました。
前者は21年振り2度目、後者はアジア初の快挙です。
スポーツのみならず、映画まで。すごいなニッポン!
さぁ、今週は4本です!


『COUNT ME IN 魂のリズム』は、ドラムに特化した音楽ドキュメンタリー。

クイーンのロジャー・テイラー、ディープ・パープルのイアン・ペイス、ピンク・フロイドのニック・メイソン、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミス、ポリスのスチュワート・コープランド、ザ・クラッシュのニック・“トッパー”・ヒードン、アイアン・メイデンのニコ・マクブレインらに加え、シンディ・ブラックマン・サンタナ、エミリー・ドーラン・デイヴィス、サマンサ・マロニー、ジェス・ボーウェンといった女性ドラマーら、総勢19名の世界的ドラマーが、ドラムの魅力を語り尽くすドキュメンタリー。
ドラムは、リズムセクションとしての、バンドの屋台骨とも言える存在で、イメージとしては“縁の下の力持ち”?ボーカルやギターとは、また違った魅力を持つ楽器であることは間違いありません。
リズムとか、ビートといったものが人間に欠かせないのは、そもそも心臓の鼓動に命が動かされてるからじゃないのかなと。
レゲエのリズムが心地いいのも、心臓の拍に近いと言うし。
興奮し、躍動すると“心臓が高鳴る”と表現しますよね。ドラムの演奏にもそんな魅力を感じるんじゃないかなぁと、勝手に想像しています。
右手と左手と、同時に別のことをやるのが苦手なボクは、それが緩やかな?和太鼓を叩いていたことがあります。と言っても自己流の盆踊りの太鼓です(笑)。それでも区の依頼を受けて、よく太鼓を叩きに行ってたんですョ。
ドラムはそこに足が加わりますもんね。憧れちゃいます。
映画は、専門的な話も出てきますが、知識がなくても楽しめるのと同時に、ドラマーとドラムの出会いの物語でもあり、それもまた興味深いんですよ。
あなたも箸でお皿を叩いたり、そんな経験、ありませんか?yesと答えた人は、それだけで観たほうがいいかも(笑)。
細胞が躍動する。そんな1本です。★4つ。
『COUNT ME IN 魂のリズム』公式サイト


『12日の殺人』は、フランスのサスペンススリラー。

2016年10月12日の夜。
友人宅のパーティから帰宅途中だった21歳のクララが、突然夜道で何者かにガソリンをかけられ、ライターで火をつけられて殺されたのです。
ヨアン率いる警察の捜査チームがすぐに犯人探しに着手しますが、クララの男性関係は派手で、誰から恨みを買ってもおかしくなかったよう。
そこで、クララの交際相手だった男たちを次々に調べ上げますが、最終的にはみんな“シロ”。事件は迷宮入りの様相を見せ、チームは解散を余儀なくされてしまいます。
3年後、ヨアンはベルトランという女性裁判官に呼び出されます。犯人は男性だという先入観を捨てて捜査を再開するよう指示されたのです。
新たにナディアという女性捜査官も加わると、新たな視点も生まれるようになった捜査チーム。
果たして、事件は解決するのでしょうか…。

実際にあった未解決事件を題材にした映画です。
最初の捜査チームはみんな男性刑事で構成されていて、異性関係が派手だった被害者を怨恨の線で捜査。犯人は男性だと決めつけていたわけです。
しかし、女性裁判官のベルトランや、新人の女性捜査官であるナディア、クララの親友だったナニーら女性の言葉に、ヨアンはハッとさせられる訳です。
ナディアは言います。「罪を犯すのも、捜査するのもほぼ男性って変ですよね。男の世界ね」と。
フランス映画だなというもやもやを残す1本。それが、この作品に対する好き嫌いの境目になるかもしれませんね。★3つ。
『12日の殺人』公式サイト


『ブルーイマジン』は、日本、フィリピン、シンガポール合作の青春群像劇。

俳優志望の斉藤乃愛。
彼女には消し去ることのできないトラウマがありました。それは映画監督から受けた性暴力です。
誰にも言えず、ひとりで抱え込んでいた乃愛でしたが、親友・佳代の音楽仲間である友梨奈の性被害を相談されたことがきっかけで、どこかに相談できる場所はないかとネットで検索。ブルーイマジンの存在を知ったのです。
ブルーイマジンは、性暴力やDVなどに悩む女性たちがルームシェアをするシェアハウス。日本人のみならず、外国人も身を寄せ、傷を癒していたのです。
乃愛は友梨奈と一緒にブルーイマジンを訪れます。そして始まった、新たな生活。
すると、ひとりの女性がやってきます。俳優志望の凜です。話を聞けば、彼女もまた映画監督から性暴力を受けたと。それも加害者は、乃愛と同じ人物だったのです…。

最近もニュースになってましたよね。演技指導と称して、俳優志望の女性に性的行為を強要した映画監督のこと。再逮捕され、容疑者は黙秘しているとか。
映画の中では、乃愛の兄が弁護士で、兄にだけは打ち明けていた乃愛でしたが、兄からは消極的なアドバイスしか受けることができず。
そんな乃愛が、同じ境遇の仲間と共に立ち上がり、声を挙げるのですが、簡単には世界は変わらない。それは映画の中だけではない現実かもしれません。
それでも、ひとつの小さなきっかけで、大きなうねりが生まれてきたのも事実です。踏み出す一歩の大切さを教えてくれる作品です。
こんなテーマが“タイムリー”だなんて、そんな評価がなくなる社会を望みたいものです。★3つ。
『ブルーイマジン』公式サイト


『MONTEREY POP モンタレー・ポップ』は、77年に日本でも公開になったライブ・ドキュメンタリーの4Kレストア版。

1967年6月16日からの3日間、アメリカのカリフォルニア州モンタレーで開催された野外コンサートが「モンタレー・ポップ・フェスティバル」。
ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカの若者の日常が死と隣り合わせになると、反戦や、愛と平和を訴えるようになります。それが“フラワー・ムーブメント”であり、ヒッピーと呼ばれるカウンターカルチャーの誕生でした。
モンタレー・ポップ・フェスティバルは、“Music,Love&Flowers”を旗印に掲げ、30組以上のミュージシャンが出演。20万人以上の観客を動員しています。
出演者には、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス、ジェファーソン・エアプレイン、オーティス・レディング、ママス&パパス、サイモン&ガーファンクル、ザ・フーらがいて、その貴重なライブ映像を観ることができます。
ママス&パパスのジョン・フィリップスが、昔からの音楽仲間であるスコット・マッケンジーに書いた「花のサンフランシスコ」がテーマ曲。
“もし君がサンフランシスコへ行くなら花で髪を飾っていって”と歌うこの曲は、まさにこの時代のアメリカを、このフェスティバルを歌っているのです。
ステージはもちろんですが、この映画では、観客に相当な割合でスポットを当てています。ファッションと、時代を牽引する若者のパワーのようなものを、音楽と同様に残したかったんじゃないかなと。
温故知新。世代を超えて感じるものが、確かにあると思います。★3つ。
『MONTEREY POP モンタレー・ポップ』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.3.8
『アバウト・ライフ 幸せの選択肢』★★★★★
『ゴールド・ボーイ』★★★★★
(満点は★★★★★)

今週はどちらも面白かったです。
2作品ですが、共に満点の★5つだったのは、このコラム史上初かも?
是非、ご覧になってみて下さい!
さぁ、今週は2本です!


『アバウト・ライフ 幸せの選択肢』は、豪華キャストによる大人のロマンティック・コメディ。

ミシェルには、恋人のアレンがいます。結婚願望が強いミシェルに対し、今のままでいいじゃないかと結婚に後ろ向きなアレン。
ハワードはホテルの一室で、モニカという女性とベッドの上に。夫に必要とされていないと不満をこぼすモニカは積極的にハワードを求めますが、ハワードはふと我に帰ったようで、関係を解消しようと部屋を出ていきます。
グレースがひとりで映画館に映画を観に行くと、近くの席でポップコーンを頬張りながら涙を流している男性を発見。グレースは声を掛けにいきます。彼の名はサム。ふたりは意気投合。もっと話がしたいと向かった先はモーテルでした。
ミシェルとアレンは、互いの両親の結婚観を知りたいと。ならばと計画したのが両家の食事会。ミシェルの家に、アレンとその両親を招くことになります。
実は、ミシェルの父はハワード、母はグレース。アレンの父はサムで、母はモニカ。
まさかの男女が一堂に会したから、さぁ大変。この騒動の顛末やいかに…。

面白かったです。
設定が強引だという声もあるようですが、若いミシェルとアレンにはもちろんですが、熟年のハワードにも、サムにも、グレースにも、モニカにも、それぞれに悩みや不満も、願望やときめく時もあるわけで。
“幸せの選択肢”というサブ・タイトルが示すように、自分も誰かに当てはまる、そんなサンプルと言っていい6人なんですョ。その状況を作るためには、少々強引でも、この設定を作る必要があったんじゃないかと思います。
ある意味、“赦しの映画”かなと。ボクも赦して欲しいことばかり(笑)。だから沁みたのかもしれません。
リチャード・ギア、ダイアン・キートン始め、豪華キャストの競演。ミシェル役のエマ・ロバーツは、ジュリア・ロバーツの姪だそう。
また、主題歌がいいんですよ。Ruth.Bの「Always You(Wedding Version)」。
エンディングで流れる訳詞も添えておきます。
「あなたはきっと来世で別の相手を見つけるでしょ 私もきっとそうするわ でも再会したら胸が高鳴るはず だって私はあなたに夢中なの」
これだけで泣けてくる…(笑)。
主題歌込みで満点!★5つ。
『アバウト・ライフ 幸せの選択肢』公式サイト


『ゴールド・ボーイ』は、中国のベストセラー小説を原作にした日本版クライムサスペンス。

沖縄のとある町に暮らす、中学生の安室朝陽。
両親は離婚し、父は再婚。今は母の香との二人暮らしですが、香は一生懸命に働いて、朝陽を育てています。
ある日のこと、朝陽は小学校時代の親友、上間浩とばったり再会します。一緒にいたのは、浩の義理の妹の夏月でした。
聞けば、夏月が父親を刺してしまったと。警察に捕まるのが嫌で、ここまで逃げて来たと言います。
朝陽は、そんな二人を守ろうと決意します。
海に行き、記念写真を撮ろうとした3人。誤って動画にしてしまったのですが、再生して見ると、背景の崖の上から何かが落ちていったのです。それも影は2つ。
沖縄を代表する大企業の跡取り娘、東静。一人娘の静は夫の昇を婿養子に迎えましたが、今では関係が冷えきっていて、離婚話が進んでいました。
そんな時です。昇は静の両親である社長夫妻を言葉巧みに誘い出し、崖の上から突き落としたのです。
これで富と名誉が手に入る。完全犯罪が成立したとほくそえんだ昇。しかし、朝陽たちの動画にその様子が映り込んでいたのです。
「僕たちの問題、みんなお金さえあれば解決しない?」
朝陽は少年法を盾に、昇を脅迫し、法外な金を得ようと考えたのでした…。

メチャメチャ面白かったです。
原作は中国の人気作家、ズー・ジンチェンの「悪童たち」。中国最大の動画サイトでドラマ化され、20億回を超える再生回数を記録したそうです。
監督は『デスノート』や『ガメラ』シリーズの金子修介。
何の予備知識も入れないで観たほうが面白いと思うので、本当はもっと書きたかったけど、伏線はふせておきます。もうちょっと知りたいという人は公式サイトを見て下さい。さらなる登場人物が出てきます。
オンラインで試写を観た後の感想欄に、「すごい映画ですね…」と一言だけ入れました。
本当に美味しいものを食べた時、「旨い!」の一言ですべてが足りてしまうような感覚に似て。
昇役の岡田将生、朝陽役の羽村仁成、どちらの演技もすごかった…。
サスペンス好きには、絶対オススメの1本です。満点!★5つ。
『ゴールド・ボーイ』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.3.1
『すべての夜を思いだす』★★★
『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』★★★★
『FEAST 狂宴』★★★
『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』★★★★★
『ロッタちゃん はじめてのおつかい』★★★
(満点は★★★★★)

今週、紹介する『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』は、鬼才ピーター・グリーナウェイ監督の過去4作品のリマスター版を特集上映。
本来は8本ですが、こちらはまとめて1本としました。
チケットは、もちろん1作品毎に必要となります。ご参考までに。
さぁ、今週は5本です!


『すべての夜を思いだす』は、多摩ニュータウンを舞台にした3人の女性の物語。

知珠は仕事を辞め、ハローワークに通う女性。
今日は誕生日なのに、これといって何の予定もない知珠は、友人から届いた引っ越しを知らせる葉書を手に、友人宅を探すことに。
早苗はガスの検針員。
団地の家々を回って、住人とたわいもない会話をし、時に茶菓子をもらう日々。
すると、団地に一斉放送が入ります。ここに暮らす老男性がひとり、行方不明になっていると言うのです。
しばらくすると、身なりの説明に似たおじいちゃんを発見。声を掛けてみることに。
夏は大学生。
亡くなった元彼が撮った写真の引換券があり、写真店に行くと、「もう期限が切れていて、保存の義務がない」と言われてしまいます。それでも、倉庫を探してみると言ってくれたので、後日の返事を待つことに。
夏は友達の女性と待ち合わせて、地元の博物館へと向かいます。
まったく別の女性3人が、それぞれの思いを抱きながら、この団地に暮らしていたのです…。

日本の高度経済成長期に建てられた多くの団地。
それは郊外に多く、今では当時の華やかさは影を潜め、住民の高齢化と共に、空き部屋も増えていると言います。
住民が減れば、店も撤退。住環境が悪化していくのが“団地問題”。今は若者のアイデアで、活性化に成功しているところもあるようです。
と、書いてはきましたが、この映画は別に団地問題が題材ではなく、3人のまったく別の女性が主役の日常ドラマ。記憶の映画と言ってもいいようです。
これが商業映画デビューとなる清原惟監督も、幼少期に多摩ニュータウンに住んでいたそうで、そんな意味でも“記憶”の舞台なのでしょう。
映画は、何の前知識も入れずに観たほうがいいものと、監督の思いを知ってから観たほうがわかるものがあるかと思います。こちらは後者かな。監督のインタビュー記事を読んでからの鑑賞をお勧めしたいですね。
昼下がりにまったり過ごす、カフェのような感覚で観たい映画。女性の視点では、また違った感想があるかもしれない、そんな作品です。★3つ。
『すべての夜を思いだす』公式サイト


『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』は、ピーター・グリーナウェイ監督の過去の4作品の特集上映。

イギリス人監督のピーター・グリーナウェイ。
解説によれば、「英国アート映画の先駆者として、世界中でカルト的人気を誇る映画監督」で、現代の鬼才と呼ばれる映画監督やクリエイターに影響を与えたとあります。
1942年生まれで、幼少時からアートに関心を持ち、絵画を学ぶ一方で、映画にも興味があったそう。事実、画家としても活躍し、パリのルーブル美術館で企画展が開かれたほどの実力の持ち主だそうです。
そんな監督の作る映画ですから、映像へのこだわりは推して知るべし。ストーリーもかなり風変わりで、確かに“大好きか大嫌いかの二極”だと思います。
4作品、すべてを観させてもらいましたが、ボクは“大”は付かないけど“好き”でした。アブノーマルさが、美しさと同居している世界。そこに相当な皮肉も詰まっていて。
画家が一枚の絵に込めた様々な思いを、立体的に表現するとこうなるのかなと。そんな感じです。
今回上映の4作品は、英国式庭園殺人事件』(1982年)、『ZOO』(1985年)、『数に溺れて』(1988年)『プロスペローの本』(1991年)。
個々の内容は公式サイトに譲りますが、古めかしさはまったくなく、むしろ斬新ささえ感じました。
ちなみに、この4作品に共通するのは、マイケル・ナイマンが音楽を手掛けていること。
加えて、『プロスペローの本』の衣装は日本人のワダエミが担当しています。
2019年の大ヒットホラー『ミッドサマー』のアリ・アスター監督が、大きな影響を受けたというのも納得です。あの嫌悪感が好きな人には、特にオススメです。★4つ。
『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』公式サイト


『FEAST 狂宴』は、フィリピンが舞台の社会派ドラマ。

市場に買い物に来た2組の家族。
一方は、貧しくも慎ましやかに生きる一家の、父マティアスと幼い娘。もう一方は、高級レストランを経営する、裕福な経営者アルフレッドと跡取り息子のラファエルです。
その帰り道で事故が起こります。
マティアスたちが乗ったトライシクルと、ラファエルが運転する車が衝突してしまったのです。
血まみれで倒れる父娘を見たアルフレッドは、自らが運転席に移り、ラファエルを助手席に座らせます。そう、アルフレッドは息子の罪を被ろうと偽装したのです。
事故を放置したまま店に戻ると、アルフレッドはラファエルに、病院に行って治療費を払ってくるように指示。ラファエルが知人と偽って病室を覗くと、マティアスは重体、娘は軽傷だと判明。治療費を払い、追加があれば言ってほしいと連絡先を病院に知らせます。
マティアスの意識は戻らず、妻のニータは金銭的な問題もあり、マティアスの生命維持装置を外すことを決意。3人の子どもが見守る中、マティアスは亡くなったのでした。
間もなく警察の捜査の手が伸び、アルフレッドは逮捕されます。
アルフレッドはラファエルに、「あの家族の面倒を見てやるんだぞ」と言い残し、収監されていったのです…。

フィリピンの暗部をえぐる、リアルな作品を世に送り出す監督として知られる、ブリランテ・メンドーサ監督作品。
あらすじを読んで、多少の違和感を感じませんか?
マティアスの死後、ニータは、アルフレッドが経営するレストランで、手厚い待遇のもと、働くことになります。
そう、善と悪、優しさと罪悪感、充足と後ろめたさなど、加害者家族と被害者家族の両方に、様々な行動と感情が入り乱れて存在いるのです。すごい悪でも、すごい善でもない。それも、貧富の差を大前提として。
この映画には、多くを料理のシーンが使われますが、カラフルな食材を使ったフィリピン料理。その“混ざる”旨さも、監督が提示するひとつのアイロニーなのかなと。
「この映画の結末は、あなたの心を炙り出す」
これが予告編の締めの言葉です。
その結末は、是非劇場でどうぞ。★3つ。
『FEAST 狂宴』公式サイト


『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』は、音楽ドキュメンタリー。

1932年、米ジョージア州メイコンに生まれた、リトル・リチャード。本名リチャード・ウェイン・ペニマン。
“ロックンロールの創始者の一人”と呼ばれた彼の人生を追った、ドキュメンタリー映画です。
アフリカ系アメリカ人の両親のもとに生まれた、12人兄弟のひとり。その両親が信仰に厚く、音楽の道に進もうとしたこと、そして何より同性愛者であることに失望した父親との仲は絶望的となり、10代で家を出ます。
歌手の夢が叶ったのは1955年。スペシャルティ・レコードからメジャー・デビューを果たすと、デビュー曲「トゥッティ・フルッティ」が大ヒット。
今までに無いリズムと独特のシャウト、派手なピアノのパフォーマンスで、一躍スターの座に駆け上がると、次々とヒット曲を発表。
しかし、時代は人種差別が色濃く残っていた頃。
彼が始めた“ロックン・ロール”は、エルビス・プレスリーに代表されるように、次第に白人のものになっていきます。
それでも、真実は語られます。
ミック・ジャガーは「ロックンロールはリトル・リチャードが始めた」と言い、ポール・マッカートニーは、「僕が歌いながら叫ぶのはリトル・リチャードのスタイル」と語り、ジミ・ヘンドリックスは彼のバンドメンバーとしてギターを弾き、プリンスに至ってはルックスそのものが、まんまリトル・リチャードですから。
今で言う“おねえキャラ”で、決まり文句は「お黙り!(shut up!)」。破天荒な物言いで、TV番組などでも人気を博しますが、当時のアメリカですからね。時代の何歩も先を歩いていたことになります。
人種、宗教、家族、自身の性等、多くの悩みも抱えて生きてきたリトル・リチャード。2020年に87歳で亡くなりますが、彼が遺した偉大な足跡は、公式サイトのコメント欄に載せられた、数多くのビッグ・アーティストの言葉に集約されていると思います。
リトル・リチャードは知ってたけど、真のリトル・リチャードは知りませんでした。光と影。スターになるって、こういうことかなと。
伝記ものとして、すごい映画だと思います。満点!★5つ。
『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』公式サイト


『ロッタちゃん はじめてのおつかい』は、2000年に日本で公開されたスウェーデン映画のリマスター版。

パパとママ、お兄ちゃん、お姉ちゃんと暮らすロッタちゃんは、5歳の女の子。
ある朝のこと、買い物に行こうと、ママがロッタちゃんを誘います。
ところが、ママが用意したのは大嫌いなセーター。なぜなら、このセーター、チクチクするんですね。
絶対に着ないと駄々をこねるロッタちゃんを置いて、ママはひとりで出掛けてしまいます。
ロッタちゃんはセーターをハサミで切り刻むと、家出を決意。行き先は、隣に住むベルイおばさんの家でした。
優しく迎えてくれたベルイおばさんでしたが、やっぱり寂しくなったロッタちゃん。さらに夜になると、真っ暗な窓の外が怖くなります。
そんな時、パパがやってきて、「ママが寂しいと泣いてるよ」と。それを聞いたロッタちゃんは、「仕方ないなぁ。帰ってあげるか」と、うれしそうに家に帰るのでした…。

まるで“小さなちびまる子ちゃん”?
スウェーデンでは国民的人気のキャラクターだそうで、日本でも映画はヒット。24年振りの再上映となります。
物語はオムニバス形式で、このあともドタバタ劇が続くのですが、ロッタちゃんの“相棒”は、ブタのぬいぐるみのバムセ。病気で寝ているベルイおばさんにパンを届けるついでに、ゴミも捨ててとママから頼まれたロッタちゃん。ところが、袋を間違えてパンとバムセ袋を街のごみ箱にポイっと捨ててしまったから、さぁ大変!
なんて、おっちょこちょいなところは“小さなサザエさん”(笑)。
ただ、親の教育が今風というか。きちんと大人として子どもを扱っていて、頭ごなしにキツく叱ったりはしないんですね。
1998年の制作とあったから、26年前?スウェーデンは進んでたんだなぁと。
ちなみに、映画はもう1本あります。タイトルは『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』。こちらは3月22日に公開となります。★3つ。
『ロッタちゃん はじめてのおつかい』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.2.22
『悪魔がはらわたでいけにえが私』★★
『コヴェナント 約束の救出』★★★★★
(満点は★★★★★)

先週公開の映画の試写は1本も観ていなくて、このコラムもお休みでした。
本音を言えば、毎週2〜3本ぐらいずつバラけてくれていると、書き手としては楽なんですけどね(笑)。
さぁ、今週は2本です!


『悪魔がはらわたでいけにえが私』は、エクストリーム配給のバイオレンス・ホラー。

ハルカ、ナナ、タカノリの3人は、バンドメンバーのソウタと連絡が取れなくなったことを不安に思い、車でソウタの家を訪ねます。
なんとも不気味な家の戸を叩くと、ソウタが顔を出します。誘われるままに、3人は中へと入るのですが、明らかに何かがおかしい。
ナナが、貼られていたお札を剥がした瞬間、嫌な予感は現実のものとなり、3人は魔物へと変わってしまいます。
こちらはビルの地下にあるバー。音楽プロデューサーのコウスケが目を覚ますと、なぜか手足を縛られている状態。同様に拘束されていた若者と協力して、なんとか縄をほどいたコウスケでしたが、その若者が人間でないことに気づくんですね。
階段を駆け上がり、逃げようとした時、魔物と化したハルカとすれ違います。そのハルカを盾にするかのように、逃げ出すコウスケ。
あれから1年。人間と化け物が抗争を繰り返す中、コウスケは車で全国を回っていました。
互いを救えるのは音楽だと悟り、楽曲作りに励んできたコウスケ。1年前、自分だけが逃げたことを後ろめたく思っていたコウスケは、もしハルカに出会えたなら、出来上がった曲をハルカに聴いてもらいたいと、ずっと考えていたのです。
そんなある日のこと、コウスケはハルカと偶然の再会を果たすのでした…。

まず、タイトルからしてすごいですよね(笑)。
スプラッター系と言うのでしょうか、血も、内蔵も、緑の吐瀉物も、虫もいっぱい。好きな人にはたまらないのでしょうが、ボクにはなんとも…。
ただ、先日亡くなった映画プロデューサーの叶井俊太郎さんが宣伝を手掛けていると。試写の案内メールにも、問い合わせ先としての叶井さんのメールアドレスがありました。
居並ぶキャッチフレーズは、観る危険物、バイオレンス・ホラー、鬼畜系ファンタジー、トンデモ系SF、激ヤバB級グルメ系etc。
叶井さんのご冥福をお祈りすると共に、振り切ったエクストリームの配給作には、この★の数が誉め言葉だと思います。★2つ。
『悪魔がはらわたでいけにえが私』公式サイト


『コヴェナント 約束の救出』は、ガイ・リッチー監督最新作。

アメリカがアフガニスタンから撤退する以前の、2018年。
ジョン・キンリーは、タリバンの武器庫を探し出す米軍部隊の曹長です。
その日も部隊は検問所を置き、怪しい車両がないかをチェックしていました。
すると自爆テロが発生。部下とアフガニスタン人の通訳が、命を落としてしまいます。
新たな通訳としてやってきたのは、アーメッドという男性。屈強そうな反面、頑固な性格のよう。
キンリーはアーメッドに、なぜこの仕事をするのかと尋ねると「金のためだ」と答えます。実は、アフガニスタン人通訳には、任務終了後にアメリカ行きのビザが約束されていたのです。
数日後、爆発物製造工場を発見した部隊は、破壊のため、現地に向かうのですがが、そのことを察知したタリバンが大量の兵が送り込み、部隊はほぼ壊滅状態に。キンリーも銃弾を受け、生死の境をさまようことになります。
そんなキンリーを、アーメッドはバレないように運送。何度も危険な目に遭いながら、100キロもの距離を逃げ果せ、米軍に助けられたのです。
おかげで、キンリーはアメリカに暮らす家族のもとに帰れたのですが、思い返すのはアーメッドのことばかり。
アメリカ行きのビザを受け取れないどころか、タリバンから家族共々、命を狙われていることを知るんですね。
キンリーは決意します。今度は、自分がアーメッドを助けるべきだと。そして、再び単身、アフガニスタンに乗り込むのでした…。

戦争映画に取り組みたいと思っていたガイ・リッチー監督が、アフガニスタンのドキュメンタリー映像を観た時に取り上げられていたのが、アフガニスタン人通訳の問題だったそう。
そこからインスピレーションを受け、この映画はできたといいます。
米軍につかえるのは、異教徒の手助けをすることだと、周りからは白い目で見られる通訳の仕事。ですが、アーメッドには、敢えてこの職に就く理由がありました。
命を賭して自分を助けてくれたアーメッドを救うため、今度はキンリーが、自ら窮地に飛び込んでいく。男の“義と友情”の物語です。もちろん、その裏には、それぞれを支える妻という存在も実に大きくて。
誰かの映画評にもありましたが、確かに日本の時代劇にも通じる世界観があります。
いい映画でした。劇場で胸を熱くして下さい。満点!★5つ。
『コヴェナント 約束の救出』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.2.8
『一月の声に歓びを刻め』★★★★
『風よ あらしよ 劇場版』★★★
『梟 フクロウ』★★★★★
『ボブ・マーリー ラスト・ライブ・イン・ジャマイカ レゲエ・サンスプラッシュ』★★★
『レディ加賀』★★★
(満点は★★★★★)

今週は東京にも雪が降りました。
冬は寒く、夏は暑く。日本には四季があるのだから、それなりの気候こそが健全の証し。
事故に繋がるのは困りますが、少々の不便も、ボクらは受け入れないといけないのかもしれませんね。
さぁ、今週は5本です!


『一月の声に歓びを刻め』は、三島有紀子監督の10作目となる作品。

北海道・洞爺湖。
初老のマキがひとりで暮らす湖のほとりの家に、正月、娘家族が集まります。
腕をふるっておせち料理を作ったマキでしたが、長女の美砂子はどこか浮かぬ顔。
実は、マキは美砂子の父親。6歳の時に性暴行事件で殺害されてしまった次女のれいこを救えなかった自分が赦せず、マキは男性器を取り去り、それから47年、自分なりの形で喪に服してきたのでした。
美砂子は、自分の存在の薄さを感じ取っていて、それが苦しくてたまりません。
翌日、「来るの、これで最後かも」。そう言い残して、美砂子は帰っていきます。

東京・八丈島。
牛飼いを生業とする誠のもとに、5年ぶりに娘の海が帰ってきます。
お腹の中には新たな命が宿っているようですが、話さない海。聞かない誠。
どうやら、相手は島出身の男。少年院上がりの既婚者らしく、彼がフェリーで島に来ると言うのです。
誠は鉄パイプを積んだ車で港へ向かうのですが、途中、同じく鉄パイプを持って道に立ちはだかる海が叫びます。
「人間なんてみんな罪びとだ!」。
海を車に乗せ、亡くなった母のことを思い出すふたり。交通事故で寝たきりになった母の延命治療をどうするか。父と娘で話し合い、中止を決断したのでした。
彼はいつでも妻と別れると、離婚届を海に預けています。海の彼を乗せたフェリーが、港に近づいてきます。

大阪・堂島。
5年前に別れた恋人・拓人の葬儀のため、堂島に戻ってきた、喪服のれいこ。
淀川に架かる橋を渡っていると、トト・モレッティを名乗る“レンタル彼氏”に声を掛けられます。
その名前が拓人の好きな映画を連想させたからか、れいこは彼を“買う”んですね。
ホテルに入って、れいこはトトに打ち明けます。「6歳の時に性暴力を受けた。それからは恋人とも体を重ね合うことができなかったんだ」と。
翌朝、れいこはトトと一緒に、事件以来、足を運んだことのない暴行現場を訪れたのです…。

3つの章から成る映画ですが、オムニバスではなく、地続きの作品だと解説にありました。
実は、監督自身の体験をモチーフに作り上げた劇映画。八丈島と洞爺湖はカラーですが、大阪はモノクロで描かれています。
映画には、なぜそれなのかを読み解くと、監督の意図した部分が見えてくる、そんな深さがあります。
性暴力を受け、世界は本当にモノクロだったと語る三島有紀子監督。自分を救ってくれた映画のスクリーンの中の世界だけが、カラーだったとも。
そんな監督が、今ならこのテーマに向き合えるかもと撮った作品です。
俳優陣の評価が高い1本ですが、中でもマキを演じた、カルーセル麻紀さんの存在感がすごい。逆風が吹く昭和という時代をたくましく“生き抜いて”きたからこその“リアル”があります。
監督のパーソナルがモチーフでも、多くの人に刺さるのは、この映画の登場人物たちのように、生きる誰もが、救えず、傷つけ、傷つけられるからなのかもしれませんね。
設定の、また台詞のひとつひとつに、監督の思いを探してみて下さい。★4つ。
『一月の声に歓びを刻め』公式サイト


『風よ あらしよ 劇場版』は、一昨年、NHK BSで放送されたドラマの劇場版。

明治28年(1895年)、福岡県糸島の貧しい村に生まれた伊藤野枝。
当時、女性の在り方は、「家にあっては父に従い、嫁しては夫に従い、夫が死んだあとは子に従う」が善しとされていた、“男尊女卑”の時代。
そんな中、東京に憧れていた野枝は、親戚を頼って上京。猛勉強の末、高等女学校への入学を果たします。
そこで教師の辻潤と知り合うんですね。
辻が教えた、平塚らいてうの言葉。「原始、女性は実に太陽であった」。この一文に大きな感銘を受けた野枝。
しかし、野枝の実家では、家族を養うために、野枝の望まない結婚話が勝手に進んでいたのです。帰省して、一度は相手宅に入るも、すぐに飛び出し、再び東京へ。憧れを抱いていた辻のもとに転がり込み、共に生活を始めます。
そして、野枝は、平塚らいてうの主宰する青鞜社の門を叩いたのです…。

吉高由里子主演の社会派ドラマの映画化です。
あらすじはほんの導入部で、まさに波瀾万丈。このあと無政府主義者の大杉栄との出会いが、野枝の人生を変えていきます。
大正12年(1923年)に起きた関東大震災がきっかけで、社会不安が増し、デマが横行。憲兵隊が思想犯らを取り締まる中、野枝は大杉栄と共に捕らえられ、殺害されてしまいます。
享年28歳。短くも濃い、野枝の波乱の人生を、恋愛の側面も含め、描いた1本です。
柳川強監督は言います。
香港の周庭さん、デニス・ホーさん、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん、#me too運動など、世の中に風が吹いている。野枝の存在自体が少し時代を先取りしていただけで、ようやく時代が彼女に追いついてきたのではないかと。
自由を求めて闘った、大正時代の女性たち。どこかに変革の扉が開いた瞬間があるとしたら、確かにこの映画に登場する女性たちが、大きな契機を作ったのかもしれません。
そんな意味でも、今、観るべき映画と言えそうです。★3つ。
『風よ あらしよ 劇場版』公式サイト


『梟 フクロウ』は、韓国のサスペンス時代劇。

17世紀、李氏朝鮮の仁祖(インジョ)王時代。
清の人質として捕らえられていた皇太子のソヒョンが帰国。インジョ王に、先進的な清の治世スタイルを勧めますが、保身からか、かたくなに拒むインジョ王。
その少し前に、鍼の腕を買われ、王室医として働き始めた盲目の鍼灸師がいました。彼の名はギョンス。
目が不自由でも、懸命に働くのには訳がありました。ギョンスには、心臓に重い疾患を抱える弟がいたのです。
咳が止まらないソヒョンのために、鍼を打つギョンス。確かな施術に信頼を得たギョンスは、皇太子との間に、身分を超えた友情が芽生えます。
ある夜のこと、ソヒョンの容態が悪化したとの報せを受け、ヒョンイク王室医とソヒョンの寝室へと急ぎます。
ヒョンイクが鍼を打てば打つほどに、瀕死の状態に陥っていくソヒョン。
すると、暗闇の中で、ギョンスは驚愕の事実を“目撃”してしまうのでした…。

韓国映画は名作が多い。
これも、そんな1本です。
「仁祖実録」なる記録物に記された“怪奇死”に発想を得た作品だそうで、謎多き史実に、創作意欲が掻き立てられたのかもしれませんね。
あらすじをどこまで書けばネタバレにならないのか、そのさじ加減が難しい1本。
ギョンスにはある秘密があって、ソヒョン皇太子との間に友情が芽生えたのも、ソヒョンはギョンスの秘密を知り、かつ受け入れてくれたから。
カッと見開いた目に、針が刺さりそうな写真は何を意味しているのか。観ればわかります。「なるほど…」と唸るはずです。
西洋の時代劇となるとちょっぴり世界観が違いますが、アジアの時代劇は共通する部分が大きいので、国境を越えても楽しめるのは、時代小説が証明してますもんね。
2023年の韓国の映画賞で最多受賞を記録したそうです。それも納得の作品です。満点!★5つ。
『梟 フクロウ』公式サイト


『ボブ・マーリー ラスト・ライブ・イン・ジャマイカ レゲエ・サンスプラッシュ』は、ライブ・ドキュメンタリー。

1981年、36歳の若さでこの世を去ったレゲエ界のカリスマ、ボブ・マーリーの、母国でのラストライブとなった、1979年7月の“第2回レゲエ・サンスプラッシュ”の模様を映像化した作品。
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの他にも、82年の世界的大ヒット「Try Jah Love」で知られるサード・ワールドや、アフリカ回帰の思想であるラスタファリのメッセージを歌うルーツ・レゲエのアーティスト、ピーター・トッシュやバーニング・スピアなどが出演。
硬派なルーツ・レゲエが下火となり、娯楽としてのダンスホール・レゲエが主流となる過渡期のライブという意味でも、貴重なステージ映像なんだと思います。
日本でも、90年代に一大レゲエ・ブームが巻き起こり、レゲエ・フェスが全国で開催されました。この頃は、まだジャパニーズ・レゲエも大きなうねりにはなっておらず、どちらかというと、独自のリズムがコミカルなイメージで捉えられていた感じでしょうか。
今はまた、女性アーティストによるセクシーさが強調された音楽に変わってきた?というのは、オジサンの持つ先入観かな(笑)。
ボブ・マーリーの名前が全面に出ていますが、ジャマイカのルーツ・レゲエのライブ映画だと思って観に行って下さい。
温故知新。当世レゲエ好きの若者には、そんな1本になるはずです。★3つ。
『ボブ・マーリー ラスト・ライブ・イン・ジャマイカ レゲエ・サンスプラッシュ』公式サイト


『レディ加賀』は、石川県加賀温泉を舞台にしたハートフルコメディ。

タップダンサーを目指し、上京した樋口由香。しかし、現実は甘くなく、思ったような活躍ができずにいました。
実は由香は、加賀温泉郷にある老舗旅館の一人娘。母が倒れたとの電話をきっかけに実家に帰った由香が、「女将になってあげてもいいかな」と母に告げると、「あなたには無理です」とピシャリ。
そんな時、新米の女将を集めた“女将教室”が開講されると知り、幼なじみのあゆみと共に参加する由香。しかし、中途半端な覚悟と、ダンスへの未練から、なかなか身が入りません。
時を同じくして、町おこしで加賀に来ていた観光プランナーの花澤の提案により、若女将によるタップダンスチーム“レディ加賀”が結成されることに。
リーダーに指名された由香でしたが、踊ることにまったく慣れていない彼女たちをひとつにまとめるのは至難の業。
またしても由香の前に、高い壁が立ちはだかるのでした…。

2011年、実際に加賀温泉郷に誕生した温泉旅館の
若女将たちによるプロジェクト“レディ・カガ”。
それにインスピレーションを受けて作られた映画だそう。
ハリウッド映画でもそうなんですが、ボクは主人公が改心していく物語でも、あまりに初めの印象が悪いと、「どうでもいいじゃん、こんなやつ」という気持ちになって、ストーリーに入り込めなくなってしまうのですが、正直、この映画もそんな感覚を抱きました。
もっと言うと、由香の未熟な時間が長すぎるんですよね。だから、達成感を共有できない。そこが残念だったかなぁ。
あくまで個人の感想です。逆にこの映画がきっかけで、リアルな“レディ・カガ”の存在を知ることができたし、今、石川県を訪れるのは大事なことですから。そんな観光ムービーとして観るのもありじゃないでしょうか。
能登半島地震で被災された方のために、配給収入の一部(5%)が義援金として石川県に寄付されるとのこと。映画を観ることで、石川県の応援に繋がります。これは素敵な取り組みだと思います。★3つ。
『レディ加賀』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.2.2
『神さま待って!お花が咲くから』★★★★
『ゴースト・トロピック』★★★★
『ストップ・メイキング・センス』★★★★
『ダム・マネー ウォール街を狙え!』★★★★
『Here』★★★★
(満点は★★★★★)

2月になりました。
1月はあっと言う間でしたか?それとも長く感じましたか?環境、状況によって、様々だと思います。
時の流れが、人々にプラスの作用を及ぼしてくれることを祈ります。
喜怒哀楽。感情開放も大切です。映画がそれに一役買ってくれるかもしれません。
さぁ、今週は5本です!


『神さま待って!お花が咲くから』は、実話をヒントにした物語。

森上翔華、11歳。広島県福山市に住む、小児ガンの患者です。入退院を繰り返しながら、自称“余命0年”と笑顔で語ります。
主治医の勧めで、小学6年生の1学期から学校に戻った翔華。しかし、クラスはどこかギクシャク。自信を持てない担任の新川先生。エリートを自認する野沢を中心としたグループが、なにかと翔華を目の敵にしてきます。
それでも翔華は笑顔を絶やしません。“ファンタジー”を信じて、生きる喜びを噛み締めながら毎日を過ごしていると、翔華の前向きさが、次第にクラス全体に広がっていくんですね。
しかし、再び病状は悪化。翔華は入院を余儀なくされるのでした…。

2019年1月に、12歳の若さで亡くなった、森上翔華さん。
彼女の、短くも濃い人生にヒントをもらって出来上がったという感動作です。
入院患者の中でもアイドル的存在だった翔華ちゃんの口癖は「ファンタジーじゃ!」。
19年のクリスマスには、彼女が病床で書いた絵本『そらまめかぞくのピクニック』が出版されていますが、これは看護士さんや、保育士さんたちの尽力によって実現したのだそう。これが映画化のきっかけになったというのですから、まさにファンタジーだよね、翔華ちゃん!
淡い恋も経験した翔華ちゃん。1日1日を大切に生きることを、観る人に教えてくれるはずです。★4つ。
『神さま待って!お花が咲くから』公式サイト


『ゴースト・トロピック』は、ベルギーの新鋭、バス・ドゥヴォス監督が2019年に発表した長編3作目。

ベルギーのブリュッセルで、清掃の仕事に就いている、移民女性のハディージャ。
仕事を終え、帰宅しようと乗った最終電車で、疲れからか、彼女は寝過ごしてしまうんですね。
終着駅から娘のビラルに迎えに来てもらおうと電話をしますが、通じません。
駆け込んだショッピングセンターのATMでお金をおろそうとするも、残高不足。仕方なく歩いて帰ることを決意します。
寒空の下、愛犬と暮らすホームレス。
以前、家政婦として長く働いていた家。
ガソリンスタンドに併設された店の女主人。
そして、初めて見る、恋する娘の顔。
期せずして始まった深夜の徒歩が、ハディージャに新たな世界を見せるのでした…。

“真夜中の一期一会”というキャッチコピーが付いた作品。
移民女性が深夜の街を歩く、小さなロードムービーでもあります。
ベルギー出身のバス・ドゥヴォス監督は、1983年生まれ。公式サイトに「いま最も繊細で美しく、最も心震わせる映像を紡ぐ」とあるように、確かに個性的な映像表現が印象に残ります。
余韻を多く取るというか、そのままが長いというか。
陳腐な言葉ですみません(笑)。
ストーリーも、想像させることに重きを置く感じとでも言うのでしょうか。状況や表情から、観客が登場人物の心の中を拝察する楽しみがある。次に切り替わるまでが長いから、そこに思いを巡らせるための余地がある。感動のストーリーとかではないけれど、小さく心が揺さぶられる物語…。
ちなみに、このあと紹介する『Here』と同時上映です。
“百聞は一見にしかず”。きっと、新しいと感じると思います。★4つ。
『ゴースト・トロピック』公式サイト


『ストップ・メイキング・センス』は、アメリカを代表するロックバンドのひとつ、トーキング・ヘッズのライブ・ドキュメンタリー。

1974年、デイヴィッド・バーンを中心に結成された4人組ロックバンド、トーキング・ヘッズ。
91年の解散まで、その個性的なサウンドとビジュアルで、世界中の音楽ファンを魅了しました。
映画は、映像には評価の高いA24が監修した4Kレストア版。83年12月のハリウッド・バンテージ・シアターで行われた“伝説”のライブを収録し、インタビューはなく、客席も一切映さないというのがルールだったと言います。
デイヴィッド・バーンは、体以上に大きな“ビッグ・スーツ”がトレードマーク。これは日本の能楽からインスピレーションを取ったもの。この衣装に身を包み、全身を小刻みに震わせる“痙攣パフォーマンス”が特徴的なボーカリストです。
80年代といえば、MTVが一世を風靡。目に見える音楽がもてはやされた時代でもありました。そんな意味では、時代にフィットしたバンドのひとつとして捉えている向きも多いかと思いますが、トーキング・ヘッズの楽曲には、もっと深い魅力があります。
この手の音楽映画のいい点は、歌詞が訳詞としてテロップで流れてくるところ。英詞を音(おん)として聴き流しがちな我々日本人に、「こんなことを歌っていたのか」と、改めて歌詞の内容を教えてくれます。きっと、歌のクオリティが、一段上がって耳に届くはずです。
ライブでは、メンバーのソロ活動の過程から派生した、トム・トム・クラブもパフォーマンスを披露しています。
ちなみに、この映画のワールドプレミアのため、オリジナルメンバーが久々に集結。バンド結成50周年を祝ったそうです。
公式サイトで曲が聴けます。是非、開いてみて下さい。★4つ。
『ストップ・メイキング・センス』公式サイト


『ダム・マネー ウォール街を狙え!』は、実話に基づくストーリー。

アメリカ・マサチューセッツ州に暮らすキース・ギルは、証券会社に勤める会社員。
SNSに自身のサイトを立ち上げ、自宅から株式動画の配信をしているキース。その姿は赤いハチマキに猫のTシャツ。“ローリング・キティ”と名乗る彼のサイトは、なかなかの人気を博していたのです。
コロナの閉塞感に覆われた2020年。キースが訴えたのは、大好きなゲームソフトの店舗販売会社であるゲームストップの株価があまりに過小評価されているということ。
実は、一部ファンドの富裕層がこの株を標的に、金儲けを企んでいたんですね。倒産したら、富裕層にまた金が行く。株価が上がれば、彼らのダメージは大きいと。
キースの言葉に共感した多くの個人投資家たちが、ゲームストップ社の株を購入。すると、2021年に株価は大暴騰。ファンドは大打撃を受けることになります。
しかし、うなるような資産を持つ富裕層が、そこで手をこまねいているはずもありません。
彼らは、個人の投資を“ダム・マネー(愚かな投資)”と罵り、損失回復のためにあらゆる策を練ってきます。
巨額の資金の前に、キースや個人投資家たちの思いは、潰されてしまうのでしょうか…。

一般市民vsウォール街の金融大富豪。そんな戦いの構図です。
ゲームストップ社の株が上がれば、一般の個人投資家は儲かる。でも、それは株を売って、利益を確定させた後のこと。スマホの画面上に出ている株価の数字なんて、一瞬にして下がるかもしれないわけで。
売りが進めば株価は下がる。もし個人投資家たちが一斉に売りに出たら、ゲームストップ社の株は大暴落。そうなったら、また一部の富豪がほくそ笑むことになる。でも、株価が上がった今、売れば利益は大きい…。
点のように散らばる個人投資家たちの心の揺れ具合も、この映画の見処のひとつです。
“蟻の一穴”のことわざ通り、アメリカ中が結束したこの出来事が、実話だというから面白いです。
日経平均も上がり、新NISAで投資熱が高まっている日本。あなたも観ておいたほうがいいかもしれませんョ。★4つ。
『ダム・マネー ウォール街を狙え!』公式サイト


『Here』は、『ゴースト・トロピック』のバス・ドゥヴォス監督の最新作。

ルーマニアからベルギーに働きにきたシュテファンは、ブリュッセルで建設関係の仕事をしています。
仕事を辞め、故郷に帰ることを決めたシュテファンは、冷蔵庫の中を空にするため、自慢のスープを作り、お世話になった人たちに配って回っています。
シュテファンが自分の食事をテイクアウトしようと、小さな中華レストランに入ると、雨に濡れた女性が飛び込んできます。
彼女の名はシュシュ。どうやら、店主の親類のよう。髪を拭いて、店を手伝うシュシュ。
後日、シュテファンが森を散歩していると、シュシュとバッタリ再会するんですね。
実は、シュシュの本業は植物学者で、苔の研究をしていると言います。
「苔に注目する人は少ない。でも苔は生命力に溢れた小さな森なの」。
シュシュの言葉に、シュテファンは関心を抱くのでした…。

『ゴースト・トロピック』同様、バス・ドゥヴォス監督の独自の映像世界が広がります。
ルーマニア人の男性と、東洋系の女性のお話ですから、やはり前作と同じように、移民が主人公。これがベルギーの今ということなのでしょうか。
シュテファンがスープを持ってあちらこちらを回るという意味では、これまた小さなロードムービーです。
シュテファンとシュシュの出会いも、生命力溢れる“小さな森”なんじゃない?と、ふたりの未来に思いを馳せる、そんな映画です。
森の緑が持つ湿度や、人の心の潤いまでもが伝わってきます。是非、体感してみて下さい。★4つ。
『Here』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.1.26
『カラフルな魔女 角野栄子の物語が生まれる暮らし』★★★★★
『サウンド・オブ・サイレンス』★★★
『すべて、至るところにある』★★★
(満点は★★★★★)

寒いですね…。
1月20日は大寒。いよいよ寒さの底に突入です。
こんな時は、いい映画との出会いが、心をあったかくしてくれるかも。
ありますョ。そんな映画。
さぁ、今週は3本です!


『カラフルな魔女 角野栄子の物語が生まれる暮らし』は、89歳の現役児童文学作家、角野栄子の密着ドキュメンタリー。

スタジオジブリで映画にもなった『魔女の宅急便』。その原作者としても知られる、児童文学作家の角野栄子。89歳の現役です。
鎌倉に暮らし、大好きなイチゴ色に囲まれ、おしゃれをし、本を1冊書き上げると自分のごほうびに可愛い眼鏡を買う。
街中を散歩し、ブティックに立ち寄り、カフェに入ってエスプレッソを飲む。海に着くと、流れついた陶器の欠片を拾っては、その人生に思いを馳せる。
そんな角野さんの生活に4年間密着した、ドキュメンタリー映画です。
5歳で母を亡くし、父が母親代わりもし、よく物語を聞かせてくれたそう。空想や想像の力の原点かもしれません。
24歳の時、夫と共にブラジルへ移住。そこで出会ったルイジンニョという名の少年との交流が、彼女の運命を変えていきます。
2年間というブラジルでの体験を本にし、作家デビュー。
1985年には代表作のひとつ『魔女の宅急便』を発表。そこにも、ブラジルでの生活が、あちらこちらに散りばめられていました。
映画は、そんな角野さんの創作活動の様子も映し出しますが、ノートにいたずら書きのように、思ったこと、感じたものを書くことから始まるんですね。それがいつしか形になっていくという。
公式サイトのあらすじにもあるように、映画の核はルイジンニョ少年との再会にあります。
奇跡ってあるんだなって。感動のシーンです。
ボクもそうですが、これから歳を重ねていく人にとって、また若い人たちにも、溌剌と生きることへのヒントを与えてくれる作品だと思います。
角野さんは言います。
「魔法は誰にでも、ひとつだけある」
その意味を知りに、ぜひ劇場に足を運んでみて下さい!満点!★5つ。
『カラフルな魔女 角野栄子の物語が生まれる暮らし』公式サイト


『サウンド・オブ・サイレンス』は、イタリアのホラー映画。

アメリカに渡り、ニューヨークで、歌手になることを夢見て頑張っているエマ。
そんなエマに、母から電話が入ります。父が倒れたと言うのです。
一緒に暮らす恋人のセバと、急遽イタリアに帰国。病院に駆けつけると、母の顔に殴られたような痕があり、医師は父のDVを指摘します。
「あんなに温厚だった父がDV?」
すぐには信じられないエマでしたが、母は「あれはお父さんじゃない」と言います。
「家には戻らないで」と止める母を振り切り、実家に向かうエマとセバ。
父の隠し部屋に入ると、趣味である古物がたくさんあり、机の上には古いラジオが1台。
スイッチを入れると古めかしい音楽が流れます。
その時です、エマは何かが部屋にいる気配を感じたのです。ラジオを消すと気配も消えます。
しかし、次にラジオをつけた瞬間、エマの目の前に、それが確かに現れたのです…。

「絶叫禁止。音が鳴ったら、現れるー」
これが、この映画のコピーです。
必然的に沈黙が広がるので、いつドキッとさせられるのか、構えて観ちゃいました(笑)。
父が直した古いラジオがいわく付きで、直してしまったがゆえに現れた“何か”が父に憑依。今度はそれがエマたちを襲うというお話。
イタリアのホラーと言えば、『悪魔のはらわた』や『サスペリア』を始め、イメージ以上にヒット作があるんですよね。
寒い時期のホラーは、真冬のアイスクリーム?意外と乙なものかもしれません。★3つ。
『サウンド・オブ・サイレンス』公式サイト


『すべて、至るところにある』は、バルカン半島を舞台にしたロードムービー。

コロナ禍の日本で暮らすエヴァのもとに、1通の手紙が届き、彼女はセルビアへと飛びます。
そこはジェイという映画監督の男性と出会った土地。ジェイは世界中を旅して、アイデアを物語にする“シネマ・ドリフター”だと自身を語り、エヴァを主人公に映画を撮りたいと申し出ます。
撮影は進みましたが、次第に素人のエヴァにはハードルの高過ぎるものが求められるようになり、ふたりの仲は険悪になってしまいます。
そうして別れ別れになったふたり。しかし、互いの心の中に、その存在は残っていたのです。
実は映画が完成していたと知り、再び訪れたバルカン半島で、エヴァはジェイの行方を捜すのですが…。

日本のミニシアターを巡ったドキュメンタリー映画『ディス・マジック・モーメント』(23年)も話題になった、リム・カーワイ監督の“バルカン半島3部作”の完結編。
前2作を観た人には、ニヤリとできる設定もあるようです。
“シネマ・ドリフター”とは、リム・カーワイ監督自身のキャッチフレーズで、「映画という世界をさまよう人」という意味だそうです。
劇中でジェイは「建築を巡る映画を撮りたい」と話すのですが、あまた登場する旧ユーゴスラビアの巨大建造物は実に素晴らしいもの。
また、ジェイが好きだったボスニアのカフェで、老人たちが戦争や人生を語るシーンが挿入されますが、これはおそらくインタビュー映像。話が深いです。
名所旧跡をアピールする内容に終わりがちな海外ロケものですが、ちゃんとストーリーが着地もしていて、監督の意図と、映画への思いが確かに映し出されている1本です。★3つ。
『すべて、至るところにある』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.1.18
『海街奇譚』★★★
『緑の夜』★★★
(満点は★★★★★)

今週紹介するのは、どちらも中国映画。
香港が中国に返還されて以降も、香港映画と中国映画は、厳密に言えば“別モノ”。たまに、製作国に“香港・中国”の表記もあったりして、その区分けはなかなか難しいものがあります。
単なる場所の違いだけではなく、制作意図やイデオロギーの差異もありますもんね。検閲の壁も高いと聞きますが、その辺についてはあまり明るくないので、グレーのままにさせて下さい(笑)。
さぁ、今週は2本です!


『海街奇譚』は、中国のアート・サスペンス。

売れない俳優のチューは、考え方の違いから姿を消した妻を捜すため、妻の故郷でもある小さな島を訪れます。
首から下げたカメラで写真を撮りながら、島を回るチュー。
妻に似た女性教師が教える島の小学校。チューは、先生に向けてシャッターを切ります。
夕刻、古ぼけたホテルの女主人に声を掛けられ、宿を決めると、人捜しならダンスホールに行くといいと教えられます。
クジラのネオンが灯るダンスホールを仕切るマネジャーの女性。この女性もまた妻に似ていました。
カブトガニの面を被って儀式をしながら練り歩く漁師の集団。無くなった仏像の頭を探す町長と、何かを知っている息子。漁に出た者を飲み込む呪われた海。8月5日で止まったままの日付。
そんなこの島で、3つの女性殺人事件が起きるのです…。

タイトルからは、ニューヨークの古いアパートにおける人間関係の話かなと思いましたが、観るとアパートはあくまで小道具(大道具?)。原題は「The Saint of the Impossible」。“不可能の聖人”?英語の知識がなくてすみません(笑)。ちょっぴり差異を感じました。
日本にも不法移民の問題は存在しますが、正直そこまで我が事のようには感じませんよね。陸続きで国境を接することのない島国ですから
でも、諸外国、特にこの物語の舞台となっているアメリカ、ペルーの両国では、映画が大きなリアリティをもつのだと思います。
幸せに生きたい。少し上の生活を手にしたい。これは人として、当たり前の欲求だと思います。
ただ、狭いアパートでの暮らしとは対照的に、ニューヨークは母子には広すぎました。
でも、それに負けることなく、広くて大きいのが家族の愛だと。そんな映画だと思います。★3つ。
『海街奇譚』公式サイト


『緑の夜』は、韓国を舞台にした中国映画。

中国から韓国にやってきたジン・シャは、韓国人男性と結婚。配偶者ビザを使い、夫とは別居という形でソウルに暮らしています。
仁川港の保安検査員として働くジン・シャ。そこに、緑色に髪を染めた若い女がやってきます。
すると、保安検査場の金属探知機が反応。不審に思い上司に告げると、「よく乗船する常連客だろ」と逆にたしなめられる始末。
緑の髪の女は怒ったのか、「乗るのはやめた」と出て行ってしまいます。
仕事が終わったジン・シャがバスに乗り遅れて途方に暮れていると、先程の緑の髪の女がジン・シャに声を掛けてきます。
タクシーに乗り、ジン・シャの家に向かうふたり。
緑の髪の女は、自分が違法薬物の運び人であることを告白するんですね。
会えば暴力をふるう夫に悩んでいたジン・シャも、配偶者ビザを放棄して永住権を得るには3500万ウォンという大金が必要です。
ここにふたりの女性を結ぶ、危うい糸が繋がったのでした…。

中国の人気俳優であるファン・ビンビンと、『梨泰院クラス』でブレイクした韓国人俳優のイ・ジュヨンの共演作。
「本編には性暴力描写が含まれます」との注意書きがあるように、ジン・シャはビザのために結婚をしたものの、夫から執拗に関係を迫られます。それを断ち切るにはお金が必要なんですね。
緑の髪の女も、中国にいる恋人からの頼みを断れずに運び屋をやっている。そこに求める愛がないこともわかっているはず。
孤独な女性ふたりの運命は…という映画です。
LGBTQ、偽装結婚、薬物、汚職など、現代の悩みや問題が詰め込まれています。
自由を得るためには、何かを犠牲にしなくてはならないのか。中国人監督のハン・シュアイのメガホン。女性監督ならではの視点で描かれた1本とも言えそうです。★3つ。
『緑の夜』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.1.11
『ニューヨーク・オールド・アパートメント』★★★
(満点は★★★★★)

お正月休みも終わりました。
被災地の心配をしながらも、ボクらは日常生活に戻らなければなりません。
心が疲れたら、映画があります。音楽があります。
被災地のみなさんにそんな余裕はないとは思いますが、心に栄養を届けることも大切だと感じます。
さぁ、今週は1本です。


『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は、不法移民の母子の物語。

南米ペルーから、不法入国でニューヨークにやってきた、母ラファエラと、双子の息子のポールとティト。
ラファエラはウェイトレスとして働き、ポールとティトは語学学校に通いながら、宅配の配達員として働いています。
身元がバレたら即強制送還。3人はそんな恐怖と背中合わせの毎日でした。
本来なら、青春真っ只中のポールとティト。ある日、語学学校にクリスティンというクロアチア出身の美女が入ってきます。
ときめきを覚えたふたりは、仲良くなろうと、クリスティンに必死にアプローチ。彼女のモデル時代の写真をもらうまでになるんですね。
しかし、クリスティンも問題を抱えています。それがこの街、ニューヨークです。
さらに、母ラファエラが、バイト先で知り合った自称・小説家のエドワルドと深い仲になると、彼の進言でラファエラは仕事を辞め、アパートのキッチンを使った、ブリトーのデリバリー店を始めるのですが…。

タイトルからは、ニューヨークの古いアパートにおける人間関係の話かなと思いましたが、観るとアパートはあくまで小道具(大道具?)。原題は「The Saint of the Impossible」。“不可能の聖人”?英語の知識がなくてすみません(笑)。ちょっぴり差異を感じました。
日本にも不法移民の問題は存在しますが、正直そこまで我が事のようには感じませんよね。陸続きで国境を接することのない島国ですから
でも、諸外国、特にこの物語の舞台となっているアメリカ、ペルーの両国では、映画が大きなリアリティをもつのだと思います。
幸せに生きたい。少し上の生活を手にしたい。これは人として、当たり前の欲求だと思います。
ただ、狭いアパートでの暮らしとは対照的に、ニューヨークは母子には広すぎました。
でも、それに負けることなく、広くて大きいのが家族の愛だと。そんな映画だと思います。★3つ。
『ニューヨーク・オールド・アパートメント』公式サイト
					
 
 
 
 
Pick Up Movie!……2024.1.5
『コンクリート・ユートピア』★★★
『シャクラ』★★★★
『マイ・ハート・パピー』★★★
『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』★★★★★
(満点は★★★★★)

新年あけましておめでとうございます。
2023年は、157本の新作映画を観させてもらいました。
いつも言うように、映画の評価は個人の嗜好によるところが大きいので、ボクの満点や低評価はひとつの感想に過ぎません。
紹介するのはメジャーでない作品も多いので、「こんな映画があるのか」と興味を持ってもらえれば、映画に恩返しができるのかなと思っています。
今年も、ご愛読よろしくお願いします。
さぁ、今週は4本です!


『コンクリート・ユートピア』は、韓国のパニックスリラー。

世界中で、突如として起こった地盤の隆起。韓国のソウルも例外ではなく、一瞬にして街は壊滅状態となります。
周辺で唯一無事だったのが、ファングンアパート。あちらこちらから避難民が押し寄せ、建物の中はパニックに。
すると、ある部屋から火が出ます。危険を顧みず、消火器を持って火中に飛び込んでいったのは、902号室に住むヨンタクでした。
マンションの会議で住人以外は追い出すことに決まり、住民代表を誰にするかとなった時、その果敢な行動から、ヨンタクが選ばれます。
さらに、防犯隊長には602号室のミンソンが選出されます。ミンソンは新婚で、妻は看護師のミョンファです。
これで住民の結束が固まったかに思われたのですが、生活物資も尽き始めると、人々の間にギクシャクした空気が流れ出します。外から虎視眈々、このマンションを狙う者も当然いるわけで。
内圧外圧に立ち向かう中、ヨンタクの力が次第に強まってくると、彼の本当の素顔が見えてきたのです…。

元日の能登の地震を連想させるかもと、公式サイトには注意書きがありました。まずは、お伝えしておきます。
極限状態に置かれた人間が、いったいどんな行動を取るのか。人間らしさを保つことができるのか。“人間の本質をあぶり出すパニックスリラー”とありました。
物語のカギを握るのは、イ・ビョンホン演じるヨンタク、ミンソンとミョンファ夫婦以外にも、婦人会長を務める207号室のグメ。
最後まで人としての信念を全うしようとする809号室に住む男性のドギュン。
903号室の住人ながら、久々にマンションに戻ってきた若い女性のヘウォンらがいます。
パニック映画としてだけでなく、ストーリーに仕掛けもあるので、ドキドキハラハラは最後まで続きます。
自分ならどうするでしょう?
架空の問いに、答えは見つからないのかもしれません。★3つ。
『コンクリート・ユートピア』公式サイト


『シャクラ』は、香港・中国合作の武侠アクション。

中国・宋の時代。互助組織である丐幇(かいほう)の幇主・喬峯(きょうほう)は、正義感に満ち溢れ、信頼に厚く、武芸にも長けた、強いリーダーでした。
ところが、副幇の馬大元が何者かに殺害されてしまいます。
妻の馬康敏は、喬峯が犯人だと言うのです。
さらに、喬峯が漢民族ではなく、実は契丹人であることも暴露。事実、喬峯は養父母に育てられていました。
自身の潔白を声高に訴えることもせず、すべての関係を断ち切って旅に出る喬峯。
その目的は、真犯人とその狙いを見つけること。そして、自身の出自についての真実を知ることにあったのです…。

いわゆる、中国の時代劇。面白かったです!
あらすじは、実にサラッと書きましたが、ひとつ難点を挙げれば、登場人物がものすごく多いこと(笑)。それも重要人物であろうキャラがたくさんいるので、そのへんの把握が大変かも。
ただ、喬峯はメチャメチャ強いんですよ。剣術はもちろんのこと、拳法の達人なので、気でも相手を吹き飛ばしちゃう。とにかく圧倒的な強さを誇ります。
このあたりは日本の時代劇もそうですよね。ひとりで、何十人もいる敵を、バッタバッタと斬り倒していく。爽快でしょ?
ボクらは観ていて、喬峯がいい人なのはわかります。勧善懲悪。で、悲しいかな、大切な人が犠牲になったりもして…。
原作は中華圏では有名な武狭小説「天龍八部」。4人いる武芸者の1人、喬峯にスポットライトを当てた脚本となっています。
製作、監督、主演はドニー・イェン。
日本の時代劇ファンに加え、正月からスカッとしたい人にもおすすめです!★4つ。
『シャクラ』公式サイト


『マイ・ハート・パピー』は、韓国の愛犬物語。

ミンスは愛犬家。仕事が終わると、愛犬のルーニーに会うため、脇目もふらずにまっすぐ帰宅するほど。
そんなミンスには恋人がいます。CAのソンギョンです。
ミンスはソンギョンにプロポーズ。快諾したソンギョンですが、ひとつ黙っていたことがあると。それは犬アレルギー。ソンギョンはミンスに心配をかけまいと、ルーニーに会う時は薬を飲んでいたんですね。
その事実を知って、ショックを受けたミンスは、悩みに悩んだ末に、ルーニーを里親に預ける決意をします。
力になると手を差し伸べてくれたのは兄のジングク。しかし、ジングクはカフェを潰したばかり。かなりの金銭的問題を抱えていました。
車にルーニーを乗せて、ミンスとジングクは里親探しの旅に出るのですが…。

公式サイトにある予告編を見てもらうとわかるように、ルーニーの里親を探すはずが、叔父の犬を預かることになり、食肉にされそうな犬を助け、捨て犬を拾い、保護犬を請け負い。逆に、どんどんとワンちゃんが増えていきます。
里親候補も実に様々。犬は無償の愛を人間に捧げてくれる動物ですから、本当に大切にしてくれる人ならいいのですが、なかなか全幅の信頼を置ける人との出会いというのは難しく。
果たして、兄弟はこのワンちゃんたちをどうするのか?結婚は大丈夫なの?というお話。
可愛いばかりではなく、韓国ペット事情の、悲しく、厳しい現実も垣間見えます。
とはいえ、ロードムービーの側面もあり、笑いもたっぷりの1本。愛犬家ならずとも楽しめそうです。★3つ。
『マイ・ハート・パピー』公式サイト


『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』は、プロレス・ドキュメンタリー。

北海道の東端に位置する町、根室。そこに、2006年、アマチュアのプロレス団体が旗揚げするんですね。
サムソン宮本率いる、新根室プロレスです。
代表のサムソン宮本の本業は、オモチャ屋さん。
実弟のオッサンタイガーを始め、多くの地元で働く人たちが参加。
3メートルを超える、アンドレザ・ジャイアント・パンダの誕生や、サムソン宮本のお決まりのギャグに、会場は大盛り上がり!
地元・根室の顔になろうかというその時、サムソン宮本を病魔が襲います。平滑筋肉腫という難病のガンでした。
13年目を迎えた新根室プロレスでしたが、試合後、サムソン宮本の口から告げられた“解散”の2文字とその理由に、観客も言葉がありません。
それでもサムソン宮本は闘います。引退試合はプロレスの聖地、新木場の1stRING。ここで13年間の思いを込め、13番勝負に挑んだのです。
翌20年9月、サムソン宮本は55歳の若さで永眠。
映画は、その後の新根室プロレスをも追いかけていきます。
コロナ禍もあり、なかなか思うような活動ができなかった新根室プロレスですが、サムソン宮本の遺志を継ぎ、3年後の22年10月、彼らは再び新木場・1stRINGに姿を現したのです。
タイトルの「無理しない ケガしない 明日も仕事!」は、新根室プロレスのスローガン。
みんな、それぞれに仕事を持つアマチュア軍団ならではの掛け声です。
中には、心の病を持つセクシーエンジェルねね様や、いわゆるゴミ屋敷に暮らす大砂厚など、今の社会にどこか生きづらさを感じているような人たちをも仲間に引き入れ、生き甲斐を作ってきたサムソン宮本。
プロレスへの愛と、人への愛に満ちた、ひとりの男の生きざまを描いたドキュメンタリー映画です。
やっていることはB級に見えるかもしれませんが、その実と志は超S級!
感動のプロレス物語。新しい年の始まりに、ぜひ観てほしい1本です。
打ち込めることがあるって、なんて素晴らしいんだと感じるはずです。満点!★5つ!
『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』公式サイト